ぬいぐるみと俺サマ

真っ青な空に羊雲がちらほらと浮かぶ。さらさらと青い芝生が風になびく音がする。

鋼の守護聖、ゼフェルはそんな麗らかな午後の日差しを堪能していた。
丘の上に寝ころび、腕を組んで頭の下に置き、ぐっすりと昼寝をしている。

実は、朝一番からジュリアスに呼び出され、守護聖とはなんたるかと叱られたばかりなのだ。
その身に湧き出るサクリアを惜しみなく人々に注ぐことと、女王陛下への忠誠心。
自分の力に疑問を感じているゼフェルにとって、この説教は苦痛以外の何物でもなかった。
苛立つゼフェルは、心配して追いかけてきたルヴァの腕を振りきり、
聖地の門を勝手に抜け出してここへやって来た。

チッ。俺は守護聖なんかになりたくねぇんだ!!
勝手に連れて来られたのに、なんで俺ばっかり・・・。
俺だって、俺なりにやってんのを、あいつは分かってねぇのかよっっ。ちくしょおっっ。
こんな力、持ちたくなんかなかったぜ・・・。
そうすれば今頃俺は、あのまんまメチャクチャ面白い人生だったのによ。

心の中でそうずっと繰り返していたが、やがて次第に眠気が全身を包む。
穏やかな午後の日差しがゼフェルの体を温め、心地よい眠りの世界へと誘う。
頭の中に霞がかかる。だんだんと呼吸が穏やかになり、それが寝息へと変わった頃。

風に乗って何かが聞こえてきた。

「・・・ひっく・・ひっ・・く・・ぐす」

ゼフェルは怪訝に思い、首だけ巡らして声がする方を見た。
すると、ちょうどゼフェルから少し上のあたりに、女の子が座り込んでしゃくりあげていた。
溢れる涙を手の甲で拭いながら、ひくひくと嗚咽を漏らしている。

とんだ邪魔が入ったぜ・・・。

ゼフェルは仕方なく起きあがり、女の子の前にしゃがむ。
「おい、おまえ、どうして泣いてんだよ?」
突然声がしたので女の子はびくっと体を震わせたが、顔を上げてゼフェルを見ると、
見る見るうちに涙があふれ出し、今度はゼフェルにしがみついて本格的に泣き出してしまった。
「うわーん、うわーーーーん、うわーーーん」
「!!!!!?????」
まったく状況が理解できなかったが、女の子が泣きやむまでこうしているしかないと観念し、
そっと背中を叩いて気持ちが落ち着くのを待った。

数分後。女の子はようやく泣きやんだ。
女の子の名前はルディア。この少し先にある商店の娘だと言う。年は5才。
ルディアの腕には、ぼろぼろに引き裂かれた人形が、大事そうに抱えられていた。
「隣のおうちの犬が噛んで、壊れちゃったの・・・」
その崩壊具合といったら、ゼフェルも目を見張るものだった。
恐らくクマのぬいぐるみだったと思われるが、首が半ばもげ、中身の綿が飛び出している。
黒いボタンで縫いつけられていた目玉も千切れ、かろうじて糸でぶらさがっている状態。
腕は二本とも無事だが、足は片方が食いちぎられ、大事そうにルディアが握りしめていた。
「お店が忙しくて、ママは後で直すって言ってるんだけど・・・」
「ひっでぇな・・・。悪くすりゃ、もう元に戻らねぇかもよ」
「でも・・・これは、パパがくれた宝物なの」
犬のよだれと泥でベチャベチャだったが、ルディアは愛しそうにそれを抱き締めた。
「パパ、遠いところに行っちゃったから。もう会えないんだって」
頬ずりしながらつぶやくルディア。

ゼフェルはそれを聞いてはっとした。
一瞬で、心臓までピリッッッとした痛みが走った。
ルディアの父親は亡くなっているのだろう。
このぐらいの年の子に、死を説明するときに使う常套句だ。
一瞬だが、自然とゼフェルの目つきが優しいものに変わっていた。

会えない寂しさ。ゼフェルには痛いほど分かる。
ルディアと自分は同じ境遇。
会いたくても会えない、父親の存在。
きっと、誰よりも自分が分かってやれる。

そう思った時、ゼフェルはルディアからさっとクマのぬいぐるみを取り上げた。
「あっっ。なにするの!!」
「いいから、俺に任せろって。俺様がこれを直してやるよ!!」
得意げに笑いながらゼフェルは言った。
「でも・・・お兄ちゃん、お裁縫できるの?」
「裁縫? つまり、針と糸でこれを縫うことだろ? 簡単じゃねぇか」
「やったこと、ある?」
「いいや、ない」
きっぱりと答えたゼフェルにルディアは不安を隠せないようだ。もじもじと手を動かしている。
「なーにそんな暗い顔してんだよっ。いいから、家から裁縫道具持って来い」
「え? でも・・・」
「るっせぇな。俺様が誰だか分かってねえのか!? 俺はな・・・」
鋼の守護聖、と続けたかったが、それは明かしてはいけない秘密。
怪訝そうにルディアが見つめているのに気づいた。
次の言葉をぐっと飲み込み、ゼフェルはにんまりと笑ってルディアの背中を押し出した。

ルディアが家に行っている間、ゼフェルはこのクマのぬいぐるみを隅から隅まで観察していた。
汚れを拭き、色々な角度から見ていく。
糸の張り方、縫い方、渡し方。綿はどこから入れるか、その後どうやってかがるか。
真剣に観察していたゼフェルは、傍らにルディアが戻ったことに気づいていなかった。
「あの、お兄ちゃん?」
「・・・ん? ああ、そこに道具置いといてくれ。後は俺がやっから」
「でも、ルディアも何かお手伝いしたい」
「でもよ・・・」
技術的な面では手伝ってもらわない方がいい。
しかし、そう言ってしまってはルディアがかわいそうだ。
頭を掻いて考えた時、ぐぅっっと腹が鳴った。
ゼフェルはいいことを思いついた。
「じゃあな、腹減ってるから、なんかメシ持ってきてくれ。それとミネラルウォーターを頼む」
「サンドイッチでいいかな?」
「ああ、それでいい。頼んだぜ、ルディア」
「うん!! 分かった!!」
顔を輝かせ、一目散にまた家へと戻るルディアを見送り、ゼフェルはまた観察を続けた。
壊れ具合がひどいので、そこからどう元に戻すか知ることは困難だった。
しかし、さすが器用さを司る鋼の守護聖。
ゼフェルは納得いくまで観察を続けると、針と糸を取りだし縫い始めた。

ルディアがお弁当を持って戻ってきた時、ぬいぐるみはほとんど復元されていた。
ゼフェルの傍らにしゃがみ込むと、驚いて目をまん丸くするルディア。
「すっごーーい、お兄ちゃん。もうちょっとで直っちゃうね!!」
手を叩いて喜ぶルディアにゼフェルは得意になって鼻をこすりあげた。
「だから、任せろって言っただろ」
「うん!! お兄ちゃん、鋼の守護聖様みたい!!」
「・・・!? おわっ、痛ってぇぇぇ」
ルディアから思わぬ一言が飛び出したので、ゼフェルは針を間違って自分の指に刺してしまった。
「きゃー、お兄ちゃん、血が!!」
ぷっくりと血が溢れたゼフェルの指先を見て、慌てたルディアが自分のハンカチでそれを拭った。
「ごめんなさい。ルディアが変なこと言ったから、お兄ちゃん・・・」
さっきまで喜んでいた少女がしゅんとなってしまう。
安心させるためにゼフェルは、ルディアの髪の毛をぐしゃぐしゃと鷲掴みにして大きな声で笑った。
「はっはっは。気にすんなって、ルディア。俺はこんなの痛くもねぇぜ」
「・・・本当?」
恐る恐る顔をのぞき込むルディア。
「ああ、本当だ。一つも痛くないぜ。だから気にするな。いいな?」
念を押すようにゼフェルがもう一度頭をぐりぐりとなで回す。
「ああーん、もう、お兄ちゃんひどーーいっ」
「はっはっは!! おまえ、すんげぇ頭してるぜ!!」
「それはお兄ちゃんがやったんでしょ!! もうっっ」
口をとがらせ、顔を真っ赤にして怒るルディア。
それがまたたまらなくおかしく、ゼフェルはまた大きな声で笑い出した。
つられてルディアもぷっと吹き出し、二人は傾き始めた太陽に向かって笑い出した。

笑っている間に、ゼフェルはさっき聞こえた言葉を思い出した。
「俺が鋼の守護聖みたいって、おまえ、言ったよな?」
「え? えっと・・・うん。言ったよ」
にこにこと笑いながらルディアは答えた。
「鋼の守護聖様はね、とっても手先が器用で、何でも作れるし、何でも直せるんだって。
 みんなが何かを作ったり、それで街が大きくなったりするのは、全部、鋼の守護聖様の
 おかげだって、みんな言ってるよ。宇宙を守ってくれてる守護聖様に感謝しなきゃって。
 よく知ってるでしょ!!」
胸を張って自慢げに話すルディアとは対照的に、ゼフェルは低くつぶやいた。
「・・・そんなこと、ねぇよ」
「えっ? お兄ちゃん、今なんて言ったの?」
ゼフェルのつぶやきは、ルディアの耳には届いていなかったらしい。
遠くを見るようにゼフェルは視線を流す。すると自然と口から言葉が溢れた。
「俺はなんでも作れるわけじゃねぇ。街が発展するのは俺の力じゃねぇ。それは、
 発展させたいっていうヤツらの気持ちがあるからだ。俺は・・・そんなヤツら
 の手伝いをしてるだけだ。この力があるから発展してるわけじゃねぇんだよ。
 ・・・だから、この力の意味が分からないんだ」
うつむき気味に顔を背けるゼフェル。前髪がはらりと垂れ下がった。
「欲しくて手にした力なんかじゃねぇのに、こんな力・・・」

ルディアは黙って聞いていたが、そのうち、そっと手をゼフェルの膝の上に置いた。
少女の思いやりが温もりとなって、ゼフェルに伝わる。
はっとしてゼフェルは、今まで自分が不満をつぶやいていたことに気づいた。
慌ててルディアを見たが、言葉の意味自体は分かっていないようだ。
ただ、辛そうな表情の自分を慰めようと、優しく膝を撫でてくれている。
「でもね、お兄ちゃん。ルディア、お料理もお裁縫も上手になりたいから一生懸命
 練習してるんだ。きっと、鋼の守護聖様もルディアがちゃんと頑張らないと、
 力を貸してくれないと思うの。だから練習してるんだ!!」
にっこりと笑いかけるルディアの笑顔が、ゼフェルの冷たい寂しさを解かしてくれる。
「・・・そっか。おまえは頑張ってるのか」
ゼフェルは直しかけのぬいぐるみを地面に置き、ルディアをそっと抱え上げた。
自分の膝の上に座らせ、柔らかな少女の体をそっと抱き締めた。
一途に自分を慰めてくれる、この少女がたまらなく愛しく感じられたからだ。
瞼を閉じ、ルディアのおでこと自分のおでこをくっつけて言った。
「おまえが努力したら、その分、鋼の力がいっぱい働くからな。がんばれよ」
「うん、ありがとう、お兄ちゃん」
ルディアも目を閉じ、ゼフェルの言葉をずっと忘れないようにしようと思った。

やがてぬいぐるみは完成した。
「うわぁぁぁ。お兄ちゃん、すごい!! 壊れる前よりもキレイだ!!」
感激してルディアが歓声を上げた。ぬいぐるみを強く抱き締め、ゼフェルに笑いかける。
「ありがとう、お兄ちゃん!!!」
ルディアの輝くような笑顔が、ゼフェルの凝った肩を癒した。
「そんじゃ、俺は帰るぜ」
そう言ってゼフェルは、芝生の上にルディアを残したまま、傾いた真っ赤な太陽に向かって歩き出した。
「えっ、お兄ちゃん。一緒に夜ゴハン食べようよーーっっ!!」
ルディアは大声で叫んだが、ゼフェルの歩みは止まらず、軽く片手をあげるだけで去っていってしまった。
ルディアは名残惜しそうに、ゼフェルの後ろ姿が完全に消えるまでそこに立っていた。

聖地の門に着く頃には辺りはすっかり暗くなっていた。
こっそり開けて入ろうとした時、門のすぐ内側でルヴァが座り込み、読書をしていたのが見えた。
「・・・おっさん、こんな暗いトコで何してんだよ」
ため息混じりの呼びかけで、ようやくルヴァは顔を上げ、お帰りなさいと言った。
「たまにはこんな所で読書もいいかなー、と思いましてね」
「はっ。本当かどうか、疑わしいもんだぜ」
鼻であしらいながらゼフェルは門を開けると、ルヴァの前を通り過ぎて先を歩いて行ってしまった。
「あー、ゼフェルー。置いていかないで下さいー。暗いところはコワイんですよー」
「うそつけっっっ。あんたの方が俺よりもここに詳しいじゃねぇかよ!!」
振り向きながら怒声をあげるゼフェル。そんな彼をルヴァはにこにこと笑ってみていた。
「・・・どうやら、大丈夫そうですね」
そっと心の中でつぶやきながら、足早にゼフェルに追いついた。
「なぁ、ルヴァよ」
「はい、なんですー?」
「俺の力も・・・その・・・宇宙のために・・・役に立ってんだな」
最後の方は消え入りそうなぐらいのつぶやきだったが、ルヴァはそれをしっかり胸に納めた。
「ええ。あなたの力はとても大切です。力だけではなく、あなた自身もね」
そう言ってルヴァは、ゼフェルを見た。
今の自分の言葉が恥ずかしかったのか、それともまだ苛立っているのか。
仏頂面のままだったが、それでも何かの心の変化があったのだと、ルヴァは感じた。
「それなら私もたまには外に飛び出しますかねー」
「おかしなコト言ってんだよ、おっさん。頭のネジが緩んでんなら締め上げてやるぜ」
「ははは・・・お手柔らかに・・・」

そして二人は並んで帰路についた。


ゼフェル君です、はい。書いてしまいました(笑)
結局、私は誰でも悩ませる事が好きのようで・・・。申し訳ないです、はい。
やっぱりゼフェル様と言ったら、コンビはルヴァ様!! この二人の取り合わせが好きです。
師匠と弟子の関係を越えたつながりを感じるので。・・・親子とは言ってませんよっっ(笑)