「近頃、君の表情が明るくなったような気がするのだが、私の気のせいかな?」
突然友雅がそうあかねに問いかけた。
時刻は夕暮れ。
雲間に隠れる太陽が西に沈み、あたりを茜色に染め上げる。
夕日に照らされ、名前どおりあかねの頬も茜色に輝いていた。
「えっ。どうしたんですか、友雅さん。急にそんなこと」
「君はいつも明るい。でも、近頃の神子殿の表情は・・・そうだね。
華のような明るさを感じる、と言えばいいのだろうか」
言葉を選びながら、友雅は顎に手をやり言った。
「まるで、恋をしている、のかな?」
「恋って・・・友雅さん、からかわないでください!」
茜色だった顔が真っ赤に燃え、あかねは恥ずかしくなっていた。
「ふふっ、まだこういう話を正面からするのには抵抗があるのかな?
かわいいね、姫君」
「だから、私は姫じゃないですってば」
「私にとっては、かわいらしい女性はみんな姫だよ」
あかねの髪の毛に手を伸ばし、さらりと一房だけ軽く持ち上げて囁いた。
「それでは、そろそろ帰ろうか、姫君?」
「いっ、いいですっ。藤姫の館はもうすぐそばですから、一人で帰りますっ!」
かあっとなってあかねは友雅の手を振り解くと、
くるんっと踝を返してそのまま走って行ってしまった。
残された友雅は、やれやれと言って小さく微笑んだ。
そしてふと、地面に何か落ちているのに気づく。
それを拾い上げると、小さく折りたたまれた紙のようだった。
広げてみると、不慣れな手つきで書かれた文字が並んでいた。
まるで子供の手習いのような。
そんな不器用そうな筆の運びでかかれていた文字は・・・。
「『友雅さん・・・』・・・これは何と読むのだ?」
口元に手をやり、少し考える。
さっきまでここに立っていたのは、龍神の神子と呼ばれる、かなり慌て者の少女。
この時刻にこの通りを歩いていたものは二人しかいない。
ならばこの紙はあかねが落としたものに相違ないだろう。
思わずその先を読んでみてしまう。
「『友雅さんの好きな紙は銀色。
好きな花は木蓮と橘。
お香は侍従・・・』」
事細かく友雅の好みに付いて書いてあった。
それだけではない。自分と話したことの内容まで記されていた。
ところどころ見たことのない文字も並んでいたが、
それはきっと神子たちがいた世界の言葉なのだろう。
だが、読めないとしても大体は推測できる。
これは、きっと自分に関しての覚書なのだ。
「そんなものを作るとは・・・もしや神子殿は私のことを?」
大人の友雅には直感的にそう確信する何を持っていた。
神子は自分に恋しているのだ。
自分のこの確信はただの過信ではない。
そういえば、最近はやけに自分が神子に召されることがある。
最近の友雅の勤めは神子を守ることなのだから、帝の命にも従うことになる。
そう思って毎日のように神子の元に通っていたのだが。
思えばそれは、神子の一途な恋心の証だったのではないか・・・。
「なるほど、ね」
口元に笑みを浮かべると持っていた紙を再び折り畳み、胸元にしまうと藤姫の館へと歩いていった。
その頃のあかねはというと。
「ないっ、ないっ、ないっ!!」
秘密に書き溜めておいた『友雅さんデータ』がなくなり、大慌てだった。
「袖なんかに入れておくのが悪かったんだぁ・・・」
自分が情けなくて、思わず涙がにじむ瞳。
いや、それ以上にあれが誰かに拾われているかと思うとその方が恥ずかしい。
一人で想像して顔が真っ赤になってしまう。
「どうなさいました、神子様?」
声を聞きつけたのか藤姫が、驚いた様子で部屋に入って来た。
「大丈夫、なんでもないよ」
「そうですか? でも・・・神子様なんだかお顔が赤いですわ」
「そっ、そう??」
「毎日のように怨霊と戦われるのですから、きっとお疲れなのでしょうね。
温かいものを持たせましょう。今夜はゆっくりお休みください」
「ありがとう、藤姫」
幼い少女の優しい心遣いに感謝したが、彼女が消えるとまた、はあーっと深いため息をついてしまう。
「・・・どうしよう・・・」
もうすぐ友雅の誕生日だということは分かった。
だが、一体友雅に何をプレゼントしたらいいのか、
それがわからなくてずっとリサーチしていたのだ。
まさか橘の花や銀色の紙に書いた文では物忌みの時と変わらない。
もっと普段と違う、何かをプレゼントしたいのに。
天真に聞けば怒られる。詩紋に聞いても分からない。
他の八葉にも聞いてみたいのだが、変に勘ぐられるとあとが困る。
自分が友雅のことが好きだということわ、まだ隠していたいから。
「告白なんて・・・できない」
膝を抱えて袖で顔を覆うと光が遮られ、視界が暗くなった。
大人の友雅の魅力に惹かれたのはいつからだろう。
今まで感じたことのないようなドキドキで、いつも胸が締め付けられる。
怨霊を倒すときの輝くような勇士。
武官だけあって、身のこなしの鋭さは普段話している時とはまったく違った。
まるで別人のような彼の戦い振りに、あかねはいつもぼーっとしてしまう。
力強く守ってくれるその背中が、どんなに力強く思えるだろう。
友雅に会いたくて。毎日のように友雅を呼んでしまう。
あからさまだとは思うが、それほど彼に会いたいのだ。
でも・・・。
「友雅さんは大人なのに、私は子供。
きっと恋愛対象としてなんか見てくれてないんだろうな・・・」
そんな風に思うので告白できずにずっといる。
胸に手をやり、はあーとまた深いため息をついた。
「なんでこんなに苦しいんだろう・・・」
そんな言葉が唇を突いて出た、その時。
鼻をくすぐる香りにあかねは顔を上げた。
かすかに空気に混じる香りに敏感に反応した。
香りはどんどん近づいてくる。
そして、香りをくゆらせている本人を御簾の向こう側に感じた。
御簾越しに香るこの香の香り。
会いたいといつも願う、友雅がつけている香の香りに似ていた。
だが、こんな夜の時間に友雅が来るはずもない。
もしも来るとしても藤姫を通して来るはずだ。
こんな風にしのんでくるはずもない。・・・自分のところにだけは。
「神子殿、起きているかい?」
自分に呼びかけられたその声は、やはり友雅だった。
あまりの驚きで声が出ない。
しかし友雅は返事も聞かず、御簾を手で持ち上げてくぐりぬけると、
そのままあかねの前まで入って来た。
「やあ、姫君。ご機嫌はいかがかな?」
悠然とあかねの前に立ち、昼間会った時のような挨拶をしてきた。
「とっ、友雅さん!? どうしてこんな時間に・・・」
ようやく言えた言葉がそれだけだったのだが、
友雅は嬉しそうに口元に笑みを浮かべて答えた。
「神子殿のお召しに応じた。それだけだよ」
「わっ、私は夜になんて呼んでませんよ」
「そうかな? 私には、これが夜のお誘いに思えて仕方ないのだがね」
襟元から出したのは一枚の紙。
「あーっっ、そっ、それは!!」
まさに友雅データの書いてあるあかねのメモだった。
おたおたと慌てふためくあかねを見て、ますます嬉しそうな友雅。
まるで確信犯のいたずらだ。
「あどけない幼子のような文字に誘われたんだよ。
それに、京では読むことの出来ない文字を使っているね
見慣れない文字で私の気を引こうとしたのかな?」
「それはお文じゃないです」
「そうだね。でも、私はこれに誘われたんだよ。
神子殿が私に会いたいといっているように聞えたからね」
そう言って、耳元にメモを持っていき、その声を聞くように瞳を閉じた。
「ふむ。やはり言っているよ。君の声がする」
ゆっくりと瞼を開けると、また一歩、あかねに近づいた。
床に触れる友雅の衣擦れの音がしゃらりとする。
その音だけで、あかねはぞくっとした。
まるで友雅の魔法にかけられているかのように。
あかねはそこから一歩も動くことが出来なかった。
「神子殿は私に会いたくはなかったかい?」
「そっそれは・・・」
口元を袖で覆った。それ以上は言えなかったから。
「どうしんだい? 続きを話しておくれ」
そう言った友雅は床に膝を付き、ぐっとあかねに顔を近づけた。
息もかかりそうなほどの間近な距離に、友雅の顔がある。
そう思っただけであかねは倒れそうだった。
「それは、の続きはなんだい?」
「会いたかった・・・です」
「そう。それでいいんだよ、姫君」
柔らかくあかねの頭に左手を載せて友雅は言った。
「私も、君に会いたいと思ったよ」
そしてあかねの頭を自分の肩に寄せると、柔らかな髪に頬をつけた。
「いい香りがするよ、姫君。これは私の好きな侍従の香りだね。
髪に香りが移るほど焚き染めてくれたのか」
「はっ、はい・・・」
返事も上の空。目の前がクラクラとした。
あかねはこのまま倒れるんじゃないかと思った。
「いいんだよ、倒れても。私の胸に倒れてごらん。しっかり抱きとめてあげるよ」
まるでそんなあかねを見透かしたかのような友雅の言葉。
「友雅さん・・・離してください」
「それは神子殿の本心かい?」
「それは・・・」
「また口篭もるね。大人に嘘はついてはいけないよ。
それとも神子殿のご命令なら従わねばね。
私はこのままでいたいと思うけどね」
メモを床に置くと、右手であかねの頬を柔らかく撫でた。
「そろそろ神子殿の本心をお聞かせ願おうか。私を呼んで、一体どうしたいのかな?」
「どうしたいって・・・その・・・」
「いいんだよ、はっきり言ってごらん」
安心させるように友雅はあかねの手を取った。
「友雅さんに、そばにいてもらいたいです」
蚊の鳴くような小さな声で、搾り出すようにあかねは告げた。
「なんだい? 小さくてよく聞き取れなかったよ」
「友雅さんに、私のそばにいてもらいたいんです」
「今度は聞えた。そう、私にそばにいて欲しいんだね? どうして?」
「そんな・・・。それまで言わなきゃいけないんですか?」
「神子殿の本心が聞きたい、と言っただろう? さあ、君は何を思っている?」
もう逃げられない。
友雅の瞳はあかねを射抜き、いつも浮かべている余裕の笑みも消えていた。
「私は友雅さんが好きなんです。だから、そばにいてほしいって思います」
かあっと顔が熱くなるのを感じた。
夕暮れはないというのに、あかねの顔は真っ赤に火照った。
「よく言ってくれたね、神子殿。それでは、お望みのままにおそばにいよう」
「でも友雅さんのことを待っている女の人たちがいるんじゃ?」
「はははっ。神子殿、どこからそんな話を聞いたんだい?
確かに、私を待ってくれている女性は大勢いるだろうね。
でも、今の私には神子殿の方が大切だよ。
神子殿を置いて他の女性の所に行くなんてことはできない」
友雅はいったんあかねから体を離し、その場に胡座をかいて座った。
「私も、君のそばにいたいと思っているんだよ」
「本当ですか!?」
どう聞いても、それはからかっているようにしか思えなかった。
だが、口を開いた友雅の顔は真剣そのものだった。
「自分でも不思議だよ。自分の心を捕らえて離さないものがこの世にあることが」
友雅はあかねから視線を逸らし、遠くを見るような目を細めた。
「私が夢中になるものなんて、この世ではない、別の場所にあると思っていた。
それが、こんな近くにあるとはね」
再びあかねに視線を移し、柔らかな笑みを口元に浮かべた。
「なぜだろうね。君に惹かれているんだ」
「友雅さん・・・」
「すべてが終わり、君が元の世界へ戻るときにも。私はこの手を離す気はないよ。
君が恋心を寄せている相手が自分であって、本当に良かった」
あかねの手を自分のほうに引き寄せ、そっと肩を抱く。
「君の中に一番素敵に咲く華を私にだけ見せておくれ」
それからと言うもの。
残りの八葉がうらやむぐらい、友雅はあかねにつきっきりだった。
いつもあかねの傍らには友雅がいた。
「どんな表情の神子殿も見落としたくはないからね。
君のすべてを、私は欲しいのだよ」
それが口癖になるぐらい、友雅はあかねにべったりだった。
やがてすべてが終わり。鬼との戦いも集結し、京に平和が戻ったとき。
友雅の姿は京にはなかった。
彼女の、一番華やかに咲く花を見るため。
あかねと共に現代へと旅立ったのだった。
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