(後編)
椅子から立ち上がり、セイランは熱帯魚のいる水槽の前まで歩む。
ひらひらと泳ぐ熱帯魚の尾鰭はまるで、極彩色の紙吹雪のようだ。
水槽の反射する光が紙吹雪を彩り、ちかちかとセイランの瞳に映る。
しかし、その紙吹雪は手にすることはできない。
どんなに欲しくても、どんなに美しくても。
水槽の中にあるから光るのであって、
外に出してしまえば生命の輝きさえ消える。儚いもの。
自分の抱くこの淡い想いもそうなのだろうか。
淡い想い? ・・・これはもしかすると・・・。
セイランは心の中で自問していた。
しかし、今は自分のことではない。
「でもね、ティムカ。君がこうして彼女を泣かせる結果を招いたことは、
君のわがままから出ているんじゃないのかい?」
水槽を見つめながらティムカに告げる。
「わが・・・まま・・・」
その言葉に一瞬面食らったがティムカは、胸に手を当て、
元より謙遜な性格なのでじっくりとそれを自分に当てはめた。
「確かに、そうかも知れませんね。僕、彼女の優しさや気遣いに感謝が足りませんでした」
「まあ、君が自分の気持ちに素直でいるのはとてもいいことだと思うけど」
「ありがとうございます。でも、それでは彼女を泣かせていい理由にはなりませんから」
そしてティムカは、自分で言った言葉を確信にして、にこっと元気良く微笑んだ。
「セイランさん、ありがとうございます。僕、自分のことばかり考えていました。
だから子供なんですよね?」
「そうとも言えるかな? でも、時々わがままになることも大切だよ」
「え?」
「・・・そうして甘えられる相手に甘えればいいのさ、ティムカ」
くすっとセイランは笑った。そして、くるりときびすを返すとそのまま部屋を出て行こうとする。
「あっ。あのー、セイランさん? もう帰っちゃうんですか?」
「長居はしないよ。それよりティムカ、アンジェリークのことを安心させたらどうだい?」
それ以上は何も言わず、セイランはそのまま出て行った。
残されたティムカもセイランの言葉ではっとし、
セイランの後を追うように慌てて部屋を飛び出す。
きっとアンジェリークはそこにいる。
アンジェリークはそこが好きだとよく言っているからだ。
ティムカは息を切らせながら湖へと走る。思ったとおり、彼女はいた。
だんだんとアンジェリークの姿が見えてくる。
アンジェリークは湖の淵に座り、じっと水を眺めていた。
いや、実際は見ていない。ぼーっとそこに目を落としているだけ。
何度も何度も繰り返しため息をついては、同じ少年の顔ばかりが思い浮かぶ。
「アンジェリーク!!!」
すぐ近くで自分を呼ぶ声がし、びくっっとアンジェリークが体を震わせる。
ずっと心に浮かび続ける、その本人の声がしたからだ。
「ティムカ・・・様?」
水から目を上げ、ゆっくりと声のした方を見る。
すると、ティムカが苦しげに肩で息をして立っていた。
アンジェリークも立ち上がる。
テイムカの額を玉のように汗が流れ落ちる。
「大丈夫ですか、ティムカ様っ!?」
慌ててアンジェリークがティムカの流れる汗をハンカチで
そっと拭ってやると、その手をティムカがぎゅっと握った。
驚いてアンジェリークが短く息をのむ。そして、ティムカの自分を見つめる瞳に気づく。
まだ息は上がっているが、ティムカは真っ直ぐにアンジェリークを見つめている。
瞳には意志がこもり、じっと強い光をアンジェリークに投げかける。
「ティムカ様・・・」
アンジェリークも続きの言葉が出てこない。ただ、瞳を見つめるだけ。
どれほど見つめていたのだろうか。やがてティムカが静かに口を開く。
「さっきはすみませんでした、アンジェリーク。 あなたの気持ちを気遣わず、
自分の感情だけで物事を判断してしまいました。どうか許して下さい」
「いいんです、ティムカ様。私こそ、ティムカ様のお気持ちも考えずに・・・」
「僕は」
ティムカはアンジェリークに最後まで話させなかった。
珍しく強いティムカの態度に、アンジェリークは驚きを隠せない。
にこやかな笑顔の似合う少年のはずが、今はとても厳しい表情をしている。
「どうしたんですか、ティムカ様。いつもと違うみたい」
「ええ、そうかもしれません。確かに、今の僕はいつもと違う。
あなたの瞳の輝きが、僕の心を固めさせてくれました」
そして、ぎゅっと握っていた手をティムカは、今度はそっと両手で包み込む。
「アンジェリーク。あなたは、僕の一番大切な人です」
「えっ・・・」
突然の言葉に、アンジェリークは頬を赤らめた。
「僕はあなたが大好きです。あなたが一番大切です。
だから、ぼくにあなたを守らせてはいただけないでしょうか?」
ティムカの真っ直ぐな告白に、アンジェリークは言葉もなく、
ただ、こくんと頷いた。
すると、それまで強ばっていたティムカの顔が微笑みに変わった。
いつも学芸館で迎えてくれる、あの可愛らしい笑顔に。
「ああ、良かった。ありがとうございます。僕、こんなこと言うのは
初めてなので、とても緊張しました」
「わ、私も、初めてです。大切な人って、言ってもらえることが・・・」
「あはっ。そうなんですか? それじゃ、僕たちは初めて同士ですねっ!!」
くったくのない笑顔が、まだ戸惑うアンジェリークに向けられる。
「僕、とっても緊張したんです。でも・・・、ああ、なんて清々しいんでしょう。
自分の気持ちを素直に言えることが、こんなに気持ちのいいことだなんて」
「うふふ。そうですね、ティムカ様」
「あっ。そうです、一つお願いがあるのですが、聞いていただけますか?」
なんでしょう、とアンジェリークは答える。
「僕・・・ あなたのことが大好きで、それで・・・ 時々わがままを言うかもしれませんけど、
どうか許していただけませんか? ご迷惑にならなければいいのですが」
もじもじとするティムカを見て、アンジェリークは声を上げて笑い出した。
「ええ、もちろん!! それに、わがままを言ってもらえるなんて嬉しいから!!」
アンジェリークの答えは、ティムカのぱっと顔を輝かせた。
それからティムカは包んでいたアンジェリークの手に、そっと口づけする。
手の甲から伝わる優しい感触に、アンジェリークの心臓はきゅんっと音を立てた。
「これからも、二人でいましょうね」
「はい、ティムカ様」
「・・・やれやれ、まったく。元気がいいね、お子様たちは」
セイランは、うんざりといった様子で耳に手を当てた。
隣の部屋から聞こえる、ティムカとアンジェリークの大きな声が頭に響くらしい。
それは、楽しげな笑い声。どんな困難や暗雲も一瞬で吹き飛ぶくらいの大音量。
「ほんとに、うらやましいよ、あの二人が」
ふふっと微笑むとセイランは、あの日以来机の中にしまってある耳栓を取りだし、
キュッキュッと耳に入れてから再び、自分の作品を作り始めた。
なんて長い作品になったのでしょう(笑) 登場人物がいつもより多いので仕方ありませんよね。
これが私の初ティムカちゃん、そして初セイラン様です。・・・いいのでしょうか・・・。
勉強不足丸出しの作品ですが、書いていて、ティムカちゃんとセイラン様が愛しくなってきました。
ああ、またCD聴こう(笑)
タイトルに意味、あります(笑) かなり私見が入りますが(爆)