思い出5

ゼフェルはルヴァから視線を落とし、床の一点を見つめた。
その目つきは何かを考えるというよりも、睨み付けるように厳しいものだった。
「オレも、いつかはおめーみたいな考えができると思うか?」
「ええ、できますよ。きっとね」
努めて明るく答えたが、実際はゼフェルの気の持ちようだ。いい加減なことは言えない。
だが、たった数年でゼフェルは見違えるように変わった。
まして、ルヴァほどの時間を聖地でこれから過ごしていくのなら、
もっと考え方が変わっていてもおかしくない。

『ゼフェル。私はあなたの変化に期待していますよ』

口に出さず、心の中で投げかける、思いやりの言葉。
それが届く日は来るのだろうか。

すると突然ゼフェルは顔を上げ、いつものあの、生意気に構えた表情に戻って言った。
「まぁ、おめーほどジジイになるよりも前に、オレは聖地を抜け出してやるけどな」
「じ、ジジイですか‥‥」
ルヴァは内心その言葉に傷ついている。
言われ慣れてはいるが、自分ではまだ若いつもりなのだ。
「それに、今やってる、玉っころに力注ぐのだって、暇つぶしみたいなモンだからな」
「ゼフェル! 玉っころって、それはないですよー。
 きっと、女王陛下のお考えがあって、新しく二人の女王候補をですね‥‥」
「あー、うざってェな。分かってるよ、オレたちに何も言わなくたって、
 ちゃんとしたお考えってヤツがあってのことなんだろ?」
何度も繰り返すな、と釘を刺しながら、ゼフェルは立ち上がった。
「ありがとよ。邪魔したな」
ひらひらと手を振って、後ろを向く。
「いいえ、また来てくださいねー」
部屋を出ていこうとする背中に、そう声をかけてやる。
するとゼフェルが立ち止まり、振り返った。
「そういやぁマルセルが、おめーを午後の茶に誘ってたぜ」
「あー、そうですかー。それでは、是非うかがうと伝えておいてくださいねー」
あなたは? と付け加えると、ゼフェルはフンと鼻で笑ってドアに手をかける。
「クリームだとかゼリーとかで、ベチャベチャの甘々なモン、食ってられっかよ」
そう言って、乱暴にドアを開けるとそのまま出ていってしまった。

ルヴァは知っている。
なんだかんだと言ってゼフェルは、必ず最後は顔を出すのを。

一人きりに戻ると、ふぅ、と大きく息を吐き、再び深く座り直した。
手を腹の上で組み、静かに目を閉じる。瞼の裏にはあの時と変わらぬ、弟の笑顔。
『あなた方がいつまでも笑顔でいられるように、私はここで力を送り続けましょう。
 宇宙の安定のため、平和のためにね』

そして思った。
いつか、ゼフェルにも話してやろうと。
今まで彼を気遣って言ってこなかったことの数々を。今なら、大丈夫だろう。

『私の知らない間に、みんな成長していくのですねー。
 ゼフェルも、マルセルも、ランディも』

ゼフェルが今日、なぜ自分を訪ねてきたのか、理由を考えてみた。
きっと自分なりに心の変化に気づいて、誰かに話し、
それを確認、または認識したかったのだろう。
「誰にでも、そういう時はありますからねー」
では、自分はどうだったのだろう。
自分は、誰かに相談したのだろうか。
それとも相談せずに、今のような結論を導き出したのだろうか。
もしそうだとしたら、自分は、自惚れているのではないだろうか。
「はぁ。憶えていませんねー」
堂々巡りの思考は疲れるだけ。ルヴァは頭を切り換えることにした。

弟の笑顔に、ゼフェルの生意気な顔が重なる。マルセルとランディの笑顔も浮かぶ。
自分はこの聖地にいる限り、みんなを見守っていこうと、再び決意を固めた。
『私の力がある限り、ね』
不意に、閉じていた目をぱちりと開けた。
「あー、そういえば、辛子煎餅がありましたねー。
 ゼフェルにはそれを持っていってあげましょう」
執務室の片隅にある戸棚まで行き、引き戸を開けるとそこには、
しょうゆ煎餅などと一緒に袋に入れられた、真っ赤な色をした煎餅があった。
「甘いものばかりでは、ゼフェルが機嫌を悪くしますからね」
午後のお茶の時間を想像して、今からルヴァはうきうきとしていた。
 チェリーパイをおいしそうに頬張る、マルセルとランディ。
その横で仏頂面のゼフェルが見えるようだ。

窓から外を見る。
聖地は今日も、いつも通り穏やかな青空を広げている。
大きくのびをし、軽く肩を回してから机に戻って、閉じたままの本を広げた。
「さあ、もう少しがんばりますかねー」
そしてルヴァは再び、調べものに没頭していった。

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