思い出3

突然現れた大声のせいで、ルヴァは回想から引きずり出されてしまったが、
それよりも驚きのせいで、心臓が止まってしまってかと思った。

「あっはっはっは、びっくりしたか?」
腹を抱えて笑うゼフェルを、ぎょっとしたルヴァは目を見開いて見つめる。
「ゼ、ゼフェル。入ってくるのでしたらノックぐらい‥‥」
「したぜ、ちゃんとな」
最後まで語らせず、ゼフェルは呆れ顔でため息をついた。
「ったく。何を昼間っからボーッとしてんだよ!」
「え、ええ、まあ‥‥」
まさか自分の幼い頃を思い出していたと言うことはできず、口ごもってしまう。
他の守護聖ならば別かもしれないが、ゼフェルにはこの話題はまだ避けた方がいい。
そう判断したからだ。
「それよりもゼフェル。あなたこそ、こんな時間に訪ねてくるなんて。どうしたのですか?」
ルヴァに問いかけられ、すぐには答えずゼフェルは、
机に向かい合わせに置かれている椅子を引き寄せ、
背もたれに腕を組ませる形で座った。つまり、逆向きの姿勢である。
「別に、何でもねぇよ」
そう言って、つんとそっぽを向いてしまう。
しかし、ルヴァには分かっていた。こういうときのゼフェルは特に、何か言いたいのだ。
「あー。私で良ければ相談にのりますよー」
「だぁらっ、そんなんじゃねえよ! そんなんじゃ‥‥」
最初は強気に出ていたゼフェルの言葉が、後の方は少し柔らかくなった。
『来ますね』
ルヴァは、これから出てくるゼフェルの言葉を聞き漏らすことのないよう、
じっと静かに待っていた。

「ルヴァ、おめーは守護聖になって、良かったか?」
少しの間をおいてゼフェルが問いかけた。
「はい?」
「守護聖になって、良かったかっつってんだよ」
二度も言わせるな、というように語調が強くなる。
「うーん、そうですねー。良かった、ですかー」
腕を組み、どう答えてやるものか、ルヴァは少し思案した。
あまり長く考えると、変に疑念を持たせてしまう。
だからといって、軽率な答え方もゼフェルの心を傷つける。
自分の頭脳をフル回転させ、一番時宜にかなった答え方を見つけだす。
こういうとき、自分が知恵をもたらす守護聖で良かったと思うのだが、そ
れは口に出さなかった。
「ええ、良かったですよ」 
「どうしてだ?」
すかさず聞いてきたゼフェルの表情を、ルヴァはよく観察した。
聖地に連れて来こられた時のゼフェルは、手の着けられない暴れん坊だった。
それは仕方のないことなのだが、あの時も確か同じようなことを尋ねてきた。

さんざん暴れ回った後で王立研究院の監視の中、
ルヴァの保護に渡される時のことだった。
あの時は何と答えたのか、ちょっと忘れてしまった。だが、思いは同じのはずだ。
それに、今のゼフェルはあの時と格段に違う。
とげとげしさは今もあるが、危うさはほとんど無くなり、ずいぶん落ち着いている。
だから、あの時の答え方と違っていても、今は大丈夫かもしれない。
もっとも、内容は忘れてしまったのだが、
あまりゼフェルを刺激しないように考えていたはずだ。
「そうですねー、色々あります。例えば‥‥ あなたに会えたこととか」
「お、オレかよ!?」
狼狽えるゼフェルの表情がおかしくて、くすっと笑ってしまった。
「そうですよー、おかしいでしょうかね?」
「べつに、おめェがそう思うンなら、いいんじゃねーの?
 なら、良くねェこともあるわけだよな?」
「は? 良くないこと、ですか? うーん‥‥」

利点があれば、欠点もある。
つまり、それを聞きたがっているのだろう。ゼフェルはルヴァの答えを待っている。
「あンだよ、早く答えろよ。それとも、ないってのか?」
「い、いいえ。ただ、突然聞かれたものですからねー」
そうはごまかしたが、先ほどまで頭の中で回想していたシーンが、
またルヴァの脳裏に蘇る。
『守護聖ではなかったのなら‥‥』

あのまま、成長した弟や家族と共に生活していたかもしれない。
自分は、父親と同じく学者の道を進んでいたかもしれない。
あの惑星で、誰か女性と出会い、自分の家族を作り上げていたかもしれない。
『うーん。かもしれない、ばかりですねー』
ふぅ、と無意識のうちに溜め息が漏れる。
それを聞き逃さず、ゼフェルが突っ込みをかけてきた。
「なんか思い出してんだろう、ルヴァ。隠してねェで、さっさと言っちまえよ」
「あ、ああ、いいえ。何でもないんですよー」
と、答えてはみたものの、余計怪しまれる。じろりと赤い瞳が睨み付ける。
「あ、あのー。えー、コホン」
一つ咳払いをして、ゼフェルの睨みから逃げる。
「そうですね、それはまた今度答えるのでは、いけせんかー?」
「どーゆーことだよ!」
やはり、突っかかってきた。
「つ、つまりですねー、今は思いつかないんですよ。だって、ほら」
そう言って、ルヴァはくるりと椅子の向きを変え、窓の外を指さした。
「ゼフェル、見てください。聖地はいつも明るく、穏やかです。
 私にはここが楽園のように思えるんです」
再び向き直って、真っ直ぐに、鋭く見据える赤い瞳と視線を合わせた。
「こんなすばらしい場所で、かけがえのない友人を持てました。
 毎日は充実しているし、退屈はしていません。それに、今は女王試験中ですし、ね」

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