思い出2

不安げな様子。寂しげな瞳。
普段は利発な顔立ちをしているのだが、その時は落ち着かなさを感じた。

弟は何か尋ねていたが、記憶にはなぜか音声が伴ってこなかった。
だが、ルヴァは今でも憶えている。弟があの時、なんと言ったのか。
弟の問いかけにルヴァはゆっくりと首を横に振る。

二人はしばらく見つめ合ったが、そのうちに弟の方からにっこりと笑ってくる。
先程とはうって変わったその笑顔には、心からの安心が表れていた。
そしてルヴァに童話の本を差し出して、読んでくれとばかりにせがむ。
二人はそのまま柔らかな絨毯の敷かれた床に座り、弟の一番好きなお話を読む。

しばらくすると、いつものように弟はうつらうつらと、船をこぎ始める。
瞼が、閉じては開き、閉じては開きを繰り返している。
『でも、ここでお話を止めると、後で大変なんでしたね』
くすっと忍び笑いをこらえ、続きを読んでやる。

いよいよ睡魔に捕らえられた弟を、少年ルヴァは優しく抱き止めてやり、
そのまま腕の中で眠らせてやる。
規則的な寝息が漏れる頃、そっと寝床に弟を移してから、
再びルヴァは座り込み、床に広げたままの童話を拾い、続きを一人で読む。
『途中で止めるということが、苦手でしたね‥‥』
本を最後まで読み終えた、ちょうどその時、階下から自分を呼ぶ声がした。

振り返って、開いたままの部屋の戸から、そっと玄関をのぞき見る。
そこには数人の身なりの良い男性と、両親の姿があった。
もう一度、名前を呼ばれる。
ようやく、ゆっくりとした動作で、ルヴァは立ち上がる。
名残を惜しむように、緩慢な動作。
そして手にしていた童話の本を、そっと、眠る弟の枕元に置く。

もう一度、よく弟の顔を見た。静かに漏れる寝息を確かめてから、
ルヴァは愛らしい寝顔に触れ、ふわふわとした、自分と同じ色をしている髪を撫でる。
柔らかい頬のその感触を忘れないように、優しく撫でる。
鏡の前に立ち頭に巻いたターバンに手を伸ばし、解こうとしかけたが、やめた。
形を整えるだけにしておく。

一つ深呼吸をし、それから、意を決するかのように、勢い良く向きを変え、
三度目の呼びかけが聞こえる中、ルヴァは部屋を出た。

階段を、いつもの倍の時間をかけて降り、
両親と、惑星の外から来た男性達の待つ玄関に立つ。
父の前には、昨晩まで母が荷造りを手伝ってくれた鞄がある。
彼の持ち物のほとんどが書物なのだが、それは先に送ってある。
これから自分が生活する場所へ。自分よりも先に届いているはずだ。
手回り品などは少ないので、小さな子供用のトランクで足りてしまう。

『それから‥‥』
母が優しく、そして父が力強く抱擁してくれた。
『それから‥‥』
身なりの良い男達の後をついて家の外へ出る。
真上でぎらぎらと輝く太陽が、まぶしかった。自然と、手を額の上でかざす。
思えばこの数日間、ずっと家の中で書物を読みふけっていた。
太陽の明るさがやけにまぶしく感じたのは部屋から出なかったせいだ。
この惑星でしか得られない、貴重な知識を貪るように。
活字の一つ一つから、全てを奪おうとするように。

ようやく目が慣れたとき、男達はずいぶんと自分よりも先をいっていることに気づいた。
慌てて追いかけようと、一歩を踏み出そうとしたとき、呼び止められた。

ぎょっとして振り向くと、そこには眠っていたはずの弟が、奇妙な表情をして立っていた。
今にも大声で泣かれるような、それでいて、
兄を安心させようと笑いかけようとしているような。
今思えばあれは、笑おうと努力していたのだろうが、ずいぶんと引きつっていた。
『それから‥‥』

弟は裸足のままルヴァに駆け寄り、目も合わせず下を向いたまま、
さっと童話の本を差し出してきた。
それだけ渡すと玄関で立っている母の元へ走っていき、スカートの裾に隠れてしまった。
きっと泣いていたのだろう。
だが、その泣き顔を見せまいとする健気さを、ルヴァは分かっていた。
だからこそ、彼はただ、微笑んで言ったのだ。
『ありがとう、とね』
それからは彼は聖地へと旅立った。

(トントン)

『あれから、ずいぶんと経ちましたねー』

「おい、ルヴァ。いねぇのか?
 ンだよ、いるんじゃねえか。ノックしたら返事くらいしろよな」

『聖地で過ごす数年は、外界だとどれぐらいなのでしょうか‥‥』

「ああン? おい、ルヴァ! ったく、聞こえてねぇのか? よーし」

『いえ、考えるのはやめましょう。そんなこと知ってしまったら‥‥』

「ルヴァーーっっっっ!」
「うひゃあっ!」

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