暖かな午後の日差しを浴びながら、青年は手にしたカップを傾ける。
豊かな金の髪が日差しを照り返し、眩しいばかりに輝く。
優雅な仕草でカップを置くと、そばに置いてあったノートを手にし、じっくり眺めだす。
彼はジュリアス。
スモルニィ学園の生徒会長であり、「ケーキ」を担当するスウィート・ナイツの一人。
名誉あるローズ・コンテストの採点者だ。
厳しい彼の観察眼は、家庭科教師ディアも一目置く。
スウィート・マーケットで彼は今、大好きなエスプレッソ・コーヒーを飲み、
午後の穏やかな時間を過ごしている・・・ はずだった。
「ジュリアスせんぱぁぁい!!」
遠くから声がする。
振り向くとコンテストの参加者、
アンジェリークが手を振りながらこちらに向かって駆けているのが見えた。
手には、家庭科室で作ったお菓子の箱を抱えている。
走るのにはかなりバランスの悪い姿勢ではあるのだが。
「せんぱぁぁぁぁい、お願いがあるんですぅぅぅぅ」
「そんなに遠くから呼びかけなくても良いのでは・・・」
「きゃぁっっ!!」
と言っているそばからアンジェリークは盛大に転んだ。
しかも、思いっ切り、前のめりに。海老反り、という形で。
それでもお菓子は守ろうとしたのか。
箱を持ち上げたまま、顔面から地面につっこんでいた。
「・・・ないのか?」
不安げにジュリアスが言葉を続けたが、ゆっくりとアンジェリークは顔を持ち上げた。
「だい・・・じょうぶです・・・あはは・・・」
ホコリまみれの顔が、痛々しく笑う。
「すみません、ジュリアス先輩。私、またドジしちゃって」
ペロッと舌を出しながら、照れ笑いを浮かべるアンジェリーク。
ジュリアスはふうっと一つため息をついた。
「予選を通過したとはいえ、これでは危ういぞ。もっと気を付けるように」
「はーい、分かりました!!」
元気良く答えたアンジェリークだが、ジュリアスはまだ心配そう。
「それで、今日はどうしたのだ? あいにく今、私しかここにはいない」
「いいんです。今日はジュリアス先輩にお願いがあって来たんです」
そう言ってアンジェリークは、大切そうに抱えていたお菓子の箱を差し出した。
ジュリアスは受け取り、中を開けるとティラミスが入っていた。
「これを出店してもらいたいんですけど・・・」
「ほう、これはなかなか良いものだな」
さっきとはうって変わってジュリアスは、満足げな微笑みを浮かべてケーキを見ている。
切り分けてある一切れを皿に載せ、お行儀良く味見をする。
「申し分のない味だ。よく頑張ったな、アンジェリーク」
「はい!! ありがとうございます」
「では、早速出品しよう」
そう言ってジュリアスは席を立とうとしたが、思い出したように、
さっきまで眺めていたノートを取り上げ、もう一度眺める。
ふむふむと読み、ノートを閉じるとアンジェリークに言った。
「アンジェリーク。まだ作っていないレシピがあるようだな?」
「ぎっくぅっっっ」
ジュリアスの言葉に、アンジェリークの体が分かりやすく震えた。
「レシピは全て揃い、伝説のレシピまで与えたというのに、なぜ作らない?」
「そっ・・・それは・・・えーっと・・・」
鋭いジュリアスの視線を受け止められず、アンジェリークの瞳は宙を彷徨う。
口ごもるアンジェリークにジュリアスは苛立ちを感じた。
「なぜ答えられない? もしや、このコンテストを愚弄しているのか?」
「そんなっっ!! 私、そんなこと考えていません!!」
「ではなぜ、レシピを完成させようとしないのだ? 私のメモでは材料も揃っているはずだ」
「これには事情があるんです!!」
必死に弁解するアンジェリーク。
「ほう、それを聞かせてはくれぬのか?」
「・・・今は、言えません。どうしても」
アンジェリークの決心は固いよう。何を聞いても答えそうもない。
口を一文字に閉じ、もじもじと動く自分の手を見つめている。
「アンジェリーク」
「先輩。今日は、これで失礼します。出品の方、よろしくお願いします!!」
そう言ってアンジェリークは回れ右をし、来たときよりも早い勢いで走っていってしまった。
「・・・アンジェリーク」
寂しく肩を落とすジュリアスの背に、クックッと笑ういつもの声がした。
「本当に分かっていないのか、おまえは?」
「・・・クラヴィス。いつからそこにいたのだ?」
ぐったりしたジュリアスの声音に、クラヴィスはさも可笑しそうに笑う。
「それよりも、アンジェリークが作っていないレシピとは、どれなのだ?」
「(バースデーケーキ)だ。それがどうかしたのか?」
しかしクラヴィスは答えずに笑っているばかり。またもジュリアスの不機嫌を煽る。
「少し頭を冷やすがいい。アンジェリークの気持ちを察するのはその後だ」
「?????」
クラヴィスもそこから離れ、ジュリアスはまた一人きりになり、再びカップを傾ける。
「うぐっっっ・・・不味い」
冷たいエスプレッソが口に入り、ジュリアスは不快感をおぼえた。
好きなものにまで裏切られたような気がして、ジュリアスの気持ちはいっそう沈んだ。
その数日後。
この間、一度もアンジェリークはケーキを作った様子がない。
ジュリアスは呼ばれず、退屈な日々を過ごしていた。
そして今日、ようやくケーキの担当者・ジュリアスが呼ばれた。
家庭科室には、不安げにしているアンジェリークと、暖かく微笑むディアが待っていた。
机の上に置いてあるケーキは・・・
「バースデーケーキか」
「はい、ジュリアス先輩。よろしくお願いします」
神妙な顔つきでアンジェリークが答える。
「では、おまえが作ったケーキの味をみよう」
そう言ってポケットから銀製のフォークをおもむろに出し、片手に握りしめたとき。
「待って、ジュリアス」
ディアがストップをかけた。合点のいかないジュリアスにディアが尋ねる。
「あなた、今日がなんの日がご存知?」
「今日? さあ、なんだったか」
「あら。それではアンジェリークがかわいそうだわ。ね、アンジェリーク?」
青ざめながら待つアンジェリークに向かって、ディアが笑いかける。
「どういうことだ?」
「あの・・・ジュリアス先輩。今日はお誕生日ですよ」
恥ずかしげに口を開くアンジェリーク。
「!!!!! ・・・そうだったのか・・・」
一瞬頭が真っ白になったが、ジュリアスはこれですべてが納得がいった。
わざわざディア先生が説明するまでもなかったのだが。
「アンジェリークはね、あなたの誕生日に合わせて、このレシピを作らなかったのよ」
「すみません、何も言わずに。ヒミツにしておきたかったんです」
陽炎のように揺らめく炎に照らされ、アンジェリークの頬も心なしか紅に染まる。
「すまない。おまえの気持ちも考えずに私は・・・」
恥ずかしかった。
祝ってくれようとしていた彼女の気持ちも知らず、
追いつめてしまった自分がとても恥ずかしかった。
「いいんです、先輩。それより、味見をお願いします」
「・・・分かった。おまえのケーキを食べよう」
さっくりとフォークを差し入れ、口の中にケーキを運ぶ。
時間をかけて味わってから、また一口。また一口。また一口・・・。
フォークが止まる気配はない。
味見ならば少しで良い。
だがジュリアスは、自分のために作ってくれたこのケーキを食べきるつもりでいた。
「先輩・・・」
見る間になくなるケーキに、アンジェリークは感激していた。
最後にとっておいたイチゴを頬張り、口の回りのクリームを拭ってジュリアスは、
アンジェリークに向かって言った。
「素晴らしい出来だ。1000点以上の価値がある。ありがとう、アンジェリーク」
そして、今まで誰にも見せたことのないような、最上級の微笑みを彼女に向けた。
「最高の誕生日をありがとう。生涯忘れることはないだろう」
「ジュリアス先輩・・・」
そっとアンジェリークの手を取り、ジュリアスはそっと口づけした。
頬をバラ色に染めるアンジェリーク。恥ずかしそうにジュリアスを見上げた。
ほのかに芽生えた愛しさでジュリアスも胸がいっぱいだった。
そしてアンジェリークは見事にコンテストを優勝し、
ジュリアスとの恋も順調に進んでいきましたとさ。
おしまい。
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