空も、太陽も、風も水も。すべてがきらきらと輝いているように見えた。
通り過ぎる人がみんな笑顔に見えるような気がした。
それぐらいチャーリーはうきうきだった。
これから待ち合わせなのだ。足取りも軽く、天使の広場に来る。
約束の時間よりちょっと早く来てしまうほど、
チャーリーは今日という日が待ち遠しかった。
スーツの胸のポケットから、一枚のカードを出す。
薄ピンク色で花模様のあしらってある、ベーシックなバースデーカード。
チャーリーは今日まで、何度これを眺めたことだろう。
飽きずにまた開いて、彼女のかわいらしい文字を見てしまう。
『Happy Birthday チャーリーさん』
『5月29日、チャーリーさんのお誕生日にプレゼントをお渡ししたいので、
午前中に天使の広場に来てください』
「はわ〜・・・。なんっちゅう幸せモンや、俺は」
ちょっと妙なため息をついて、チャーリーはバースデーカードを抱きしめてしまう。
その様子を遠巻きにして、不安げに眺める人たちもいた。
それぐらい、今日のチャーリーは浮かれていた。
女王候補の時から彼女のことは気になっていた。
皇帝を倒す旅の間で、自分の中の彼女の存在の大きさに気づいた。
そして再びここ、アルカディアで再会を果たした時には確信していた。
俺は、アンジェリークが好きや!!
女王とか宇宙とか。
彼女には背負うべき大きなものがあることは知っている。
手が届かない悲恋だとしても。たとえ違う宇宙だとしても。
「ウォン財閥の名にかけて、他の宇宙までお得意さん増やしたるっっ!!」
と心の中で闘志をメラメラと燃やす。
「顧客が増えるんも嬉しいけど。何よりアンジェリークに会いたいんや」
取り返しのつかないところまで、アンジェリークへの恋心を燃やしてきてしまった。
もう後には戻れない。
今日こそは告白しよう。
記念すべき、自分の誕生日に!!
「・・・しっかし。アンジェリークおっそいな。
何かあったんやろか。それやったら先に教えてくれるはずやし・・・。
考えててもしゃーない。迎えに行ってみよう」
チャーリーは足早にアンジェリークの部屋へと向かった。
「トントン トントン」
ドアをノックをしたが返事がない。
「もしもーし、アンジェリーク? おるんなら返事してや」
内側に向かって声をかけるがコトリとも音がしない。
「なんや、どないしたんやろ」
心配になり、ドアのノブに手をかけると回ってしまった。そして、そっとドアを開く。
女の子の部屋に黙って入るのは悪い気もしたが、
様子がおかしいのだから仕方がない。
「緊急事態ってコトで、誰かに見つかってもしゃーない」
ちょっぴり自分に言い訳しながら、薄暗がりのアンジェリークの部屋に一歩、
また一歩と入る。
カーテンはまだ閉じられているよう。薄暗がりだ。
外の明るい日差しがまったく入ってこない。
目が慣れるのに少しの時間がいった。
目を凝らし、部屋の中をぐるぐると見ると。
ベッドのところからゴホゴホという、咳き込むような声がした。
「アンジェリーク、そこにおるん?」
呼びかけながらそっとベッドに近づくチャーリー。
「ごほっごほっ ・・・チャーリーさん・・・?」
か細いが確かにアンジェリークの声がした。
チャーリーはベッドの脇まで近寄ると、そっと布団を剥がしてみる。
そこには、顔を真っ赤にして寝ているアンジェリークがいた。
苦しそうに胸を抑えながら咳き込んでいる。
「どないしたんや!? 大丈夫か、アンジェリーク?」
アンジェリークの額に手を当ててみる。
「うわっちゃーっ!!」
あまりの熱さに思わず手を引っ込めてしまった。
まるでストーブの上のヤカンのごとくに熱かった。
「アンジェリーク。あんたもしかして、風邪ひいたんやな?」
「はい・・・」
アルカディアに来てからずっと頑張っていたアンジェリークだが、
ここにきて疲労が出てきたのだろう。
「昨日の夜から体がぞくぞくして。今朝起きようと思ったら咳も出てて」
「それで、あんたの有能な補佐官殿はどないしたんや?」
「レイチェルは今日は大事な用があって・・・その・・・」
アンジェリークが口篭もる。
「宇宙の女王様の一大事よりも大切な用事なんてあるんか??」
「その・・・デートなんです。エルンストさんと」
「デっ、デート・・・って」
思わず頭を掻いて黙ってしまった。
「レイチェル、とっても楽しそうだったんです。だから。
だから、私が風邪ひいちゃったこと、黙っててもらえませんか?
きっとレイチェル、私が風邪ひいたなんて聞いたら帰ってきちゃうから・・・」
アンジェリークは必死になって、すがるようにチャーリーにお願いする。
「大丈夫や、アンジェリーク。楽しいデート邪魔せんように、黙っとくから」
「良かった・・・」
ほっと胸をなでおろすアンジェリークを見下ろし、チャーリーは考えた。
このまま一人で部屋に寝かしておくことは出来ない。補佐官も呼べない。
それなら、自分が看病しなければ・・・いやいや。
看病したい!
「よっし、分かった!」
突然チャーリーが手を叩く。
「なんならレイチェルの代わりに、俺があんたのこと看病したるわ!」
「・・・ええーっ。ごほっごほっごほっ」
「ほらほら、そんな大きな声出したらあかん。病人は静かに寝ててや」
「でも・・・」
アンジェリークの視線がちらっと動いた。
その視線の先を追うと、机の上には何かを作るための材料が用意されていた。
机に近寄り、それを見ると。どうやらケーキの材料のようだ。
小麦粉、卵、砂糖に生クリーム。真っ赤なイチゴなどなど。
「・・・もしかして、これ。俺のために作ってくれる気やったん?」
「はい。でも風邪ひいちゃったからもうできません・・・」
悲しくなったのか。頭まで布団を被ってしまったアンジェリーク。
「せっかくのチャーリーさんの誕生日に私、何もできないなんて・・・。ごほっごほっ」
苦しげに咳きこむアンジェリークを見て、
余計チャーリーは彼女のことが可愛らしくなった。
再びベットに近寄り布団を首の辺りまで剥がす。
「きゃっ」
驚いたアンジェリークの目の前に、チャーリーのにっこりした笑顔が
間近まで迫っていた。
「あんたは何もすることあらへんよ。ただ、ここにおってくれればええんや」
「でも・・・」
まだ何か言いたげなアンジェリークの唇に指を当てて制した。
「アンジェリーク。あんたは何か勘違いしてる」
「勘違い?」
「そうや。あんたと二人きりの時間が持てるなんて、一番の贅沢や。
宇宙で一番の幸せや。
風邪ひいて寝込んでるのも、ある意味ラッキーな演出かもしれへんし。
だーかーら!」
アンジェリークの柔らかい頬に手を当て、ゆっくりと愛しおしげに撫でる。
より一層チャーリーの顔が近づき、にっこり笑っていたその笑顔が消え。
息がかかるほど近くからチャーリーは宣言した。
「あんたの時間を俺にちょーだい」
「チャーリーさん・・・」
アンジェリークはそれしか言えなかった。
いつもの商売人の笑顔は消え、じっと自分だけを見つめられ。
熱で上気した顔ではすで真っ赤。恥ずかしくても変わらなかった。
そんなチャーリーの真面目だったのもたった一瞬。
にぱっとまたいつもの笑顔に戻ったチャーリーは、やおら腕まくりをしはじめた。
「さあ、これから忙しいで〜」
ベッドから離れるとまずはカーテンを力いっぱい引いた。
午前のまぶしい光が部屋の中に差し込む。
「しめっぽーい部屋におると、治るものも治らへん。太陽から元気分けてもらわな」
パチンとウインクをひとつして見せる。
「俺にまかしとき! アンジェリークのために、最ッ高の看病したるからな」
それからのチャーリーは本当に手際よく。
一度自分の店に戻るといろいろなものをアンジェリークの部屋に持ってきた。
大龍商店と大きく書かれたエプロン姿がとても似合っていた。
「頭の後ろがごつごつせえへん?」
氷枕をアンジェリークの頭の下においてやり、タオルをその間に引いてやる。
「大丈夫です。ああ、気持ちいい」
「それと、おでこにはこれ置いといてな」
チャーリーが、水で絞ったタオルをそっと額においてやる。
ひんやりとした感覚がアンジェリークの体に広がった。
「すごく気持ちいいです、チャーリーさん」
「そうか? ほんなら良かったわ。
ほんまなら汗かいたんやろうから着替えとか手伝ったりしたいんやけどー」
「そっ、それはいいです!」
慌てて頭を振るとアンジェリークの額からタオルがずり落ちた。
「あー、あかんて。じっと安静にしとかな」
「だって、チャーリーさんが!」
「冗談やて、じょーだん。まあー冗談は、本気から2割っちゅーところにしとこか」
「本気から2割って・・・もうっ!」
ぷっと膨れるアンジェリークを、チャーリーが愛しそうに目を細めて眺める。
「ほんまに嬉しいわー、俺。誕生日にあんたと二人きりなんて。
神様もイキな計らいしてくれるんやなー。ところでアンジェリーク、腹減らへん?」
「そういえば・・・」
昨日の夜から何も食べていないアンジェリーク。
「風邪の時はダルうても、何か食べんとあかんて!
もっと早くに言うてくれれば、俺が特選したスタミナ満点の栄養ドリンクとか、
一粒で100メートル走れるキャラメルとか、何でも用意できたんに。
それより今日は、もっと特別なもの用意したんやで!」
チャーリーはアンジェリークの枕元から離れ、戻ってきたときには。
あたたかな湯気の立っている小さな土鍋を、おぼんに載せて戻ってきた。
「じゃじゃーん! チャーリー特製おかゆや!」
「わあー」
ほかほかとした白い湯気と梅干の香りが食欲を誘う。
「早く元気になってほしーっちゅう俺の気持ちがいっぱい入ってるんやで」
「ふふっ、ありがとうございます」
「さあ、食べてみてや」
アンジェリークが起きるのを手伝ってやり、
チャーリーは土鍋からおかゆを小皿に盛った。
「いただきます」
アンジェリークが小皿に手を伸ばしたが、チャーリーはわざと腕を伸ばして
アンジェリークの手に届かないようにしてしまったには渡してくれなかった。
人差し指を立てて左右に振り、チチチッと舌を鳴らしてみせる。
「俺が食べさせるんや」
「大丈夫ですから、自分で食べます」
「あかん! ええか? さっきあんたの時間は俺のもんやって言うたやろ?
だから、今日一日は俺の自由にさせて欲しいんや」
「ええーっ??」
「なんや、もしかしてアンジェリーク。俺から食べさせてもらうの、嫌なん?」
とたんにうつむいて、しゅんとしてしまうチャーリー。
「そんなっ、うっ、嬉しいです!」
「嬉しいって、ほんまに!?」
ころっと表情が変わりチャーリーは、飛び上がりそうなほど嬉しそうな笑顔を見せた。
「俺もアンジェリークにそう言われると嬉しいわ。ささ、食べてみてや。
はい、あーん??」
れんげですくい、ふーふーとしてからチャーリーがアンジェリークの口元に持っていく。
ちょっとはにかみながら、アンジェリークは口を開けておかゆを口に含む。
「おいしいです」
にっこりと微笑むアンジェリークの顔を眩しそうに見るチャーリー。
「そうか、良かったわ。これ、ほんまに俺の手作りなんやで。
こうやって食べさせると、俺の愛情も伝わるような気がするんや」
「ふふふっ。チャーリーさんの愛情の味がしました」
素直な返事を受けて、今度はチャーリーがちょっと赤くなる。
コホン、と一つ咳払いしてからチャーリーは、おぼんに小皿とれんげをことりと置き、
姿勢を正してから改めて口を開いた。
「あっ、あのな、アンジェリーク。こんな時に言うのもなんなんやけど。
俺・・・俺なアンジェリークのことが好きなんや」
少し伏せ目がちにチャーリーは告白する。
「俺は商人。アンジェリークは女王様。身分はえらい違うけど。
この好きって気持ちは、どうしても止まらへんのや。あきらめられないんや。
だから・・・だからな」
堰を切ったようなチャーリーの告白。その手にそっとアンジェリークが白い手を添えた。
「私もチャーリーさんが好きです」
「・・・ほんまか!? ほんまに!?」
思わず二度も続けて聞いてしまったが、アンジェリークはそれでも。
静かに微笑みながら、こくんと一つうなづいてくれた。
「例え宇宙が違うとしても。チャーリーさんなら飛び越えて来てくれるでしょう?」
「あっ、当たり前やないか!! このチャーリーに任せときっ!」
胸を叩いて宣言するチャーリーを見て、くすっと笑うアンジェリーク。
今まで胸につかえていた気持ちが吐き出せてさっぱりしたチャーリーは、
晴れがましい笑顔でアンジェリークを見た。
「さあ、もっと食べて、早よう元気になってや」
「はい」
ひとしきり食べ、再び横になるとアンジェリークは言った。
「あのー、私。結局チャーリーさんに何もお返しできてないんですけど」
「何度も言うてるやろ? 二人の時間くれたことでええんやって」
「でも」
訴えるようなアンジェリークの瞳に、チャーリーはエプロンを外しながら考えた。
「うーん、そやな・・・。ほんなら」
アンジェリークの前髪を顔から払い、腰をかがめてぐっと顔を近づけると。
両手でアンジェリークの頬をはさみ込み、そして唇をアンジェリークの唇に重ねた。
瞳を閉じたアンジェリークにはまるで永遠のように感じられた、長いような一瞬。
唇から離れるとチャーリーはにこっと笑った。
「おかゆ味、やな」
「もうっ、チャーリーさんったら!」
「あははっ、今のチュウであんたの風邪が俺に伝染ったらええって思ったんやけど」
「そっ、そんなのダメです!!」
いやいやをするようにアンジェリークは首を振った。
「まあ、それは明日のお楽しみってコトやな。ほんならアンジェリーク、ぐっすり寝てや。
元気になって店にきてくれるの、楽しみにしてるで」
「はい、ありがとうございました」
「最高の時間をありがとう」
そう言いながらひらひらと手を振りながらチャーリーは、
アンジェリークの部屋を出て行った。
ドアを後ろ手に締め。看病のために外したタイを元通りにする。
幸せ気分いっぱいのまま、再び彼は商売に戻っていった。
「さあー、ばりばり働くでえ〜!!」
・・・と思ったのだが。
なんと次の日。本当にチャーリーは寝込んでしまった。
どうやらアンジェリークの風邪は疲労からできなく、
アルカディアで流行っていた、流行性の風邪だったらしい。
「うふっ、それじゃ今度は私が看病してあげますね」
今度はアンジェリークがチャーリーの枕元に膝立ちで立っていた。
湯気のたったおかゆをチャーリーに食べさせてあげている。
「はい、あーん??」
「うーん、チャーリー幸せッvv」
風邪はつらいけど、アンジェリークと過ごす時間が長くなったことを
心の底から喜んでいるチャーリーであった。
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