FLOWER GARDEN

「レヴィアス、見て」
聞こえてくる、女性の声。
「ねえ、レヴィアスってば」
彼女の愛らしい声が聞こえる。
そう、これは・・・夢?

アリオスは静かに目を開けた。
一番初めに目に飛び込んできたのは、自分の漆黒の髪の色。

酒臭く、薄暗い部屋の中。
酒場のカウンターで居眠りをしていたようだ。
空のボトルが目の前に鎮座している。
身じろぎした瞬間、脇にのけられていたグラスに肘が当たり、
乾いた音を立てて床に落下した。

ガシャァァンン
グラスの砕ける音が耳に鈍く響く。

「レヴィアス様!! もうっっ、気をつけて下さいよ!!
 ・・・ったく、いくら王子だからって・・・ぶつぶつ」
悪態をつく店主の声も気にならない。いや、耳に届かない。

脇のほうで立ち寄った旅の楽士が何かの音楽をかき鳴らしている。
この部屋と同じくらい曇った心に、どんな音色も澄んだ音を響かせることはない。
緩慢な動きでのそりと立ち上がり、レヴィアスはドアに向かって歩き出そうとした。
その時、酒場のドアが勢いよく開いた。

「レヴィアス! 今日こそは素直に帰ってもらうわ」
中に入ってきたのは、ブルーのメイド服を着た少女。
腰に手を当て、仁王立ちだ。・・・仮にも、呼びかけた相手は王族なのだが。
彼女はエリス。レヴィアスの母親に仕えるメイドの一人。
だが、彼女は何かとレヴィアスに世話を焼く。
それは、エリスとレヴィアスの関係を知らない者たちの間でも噂になっていた。
こうして毎日彼のことを迎えに来る。
それが何よりの証拠だった。

「おうおう、エリスちゃん。毎日ご苦労だね」
「まったく、あの飲んだくれのお守りなんざ大変だろうよ」
暗がりの中から男たちの野次が飛ぶ。
エリスと呼ばれた少女は見向きもせず、男たちの傍をすり抜けてレヴィアスに歩み寄ろうとした。
だが、一人の男がエリスの腕に手を伸ばす。
「なあ、俺たちと一緒に飲まねぇか?」
「イヤよ、離して!!」
大きく腕を振って男を剥がそうとするが、しつこく男はエリスに酒臭い息を吹きかける。
「あんなのより、俺たちと一緒のほうが楽し・・・っっつ!!!」
男の言葉は全部口から出ることはなかった。
ぼんやりと立っていたはずのレヴィアスが、電光の如く動き、
そのまま男に体当たりを食らわせたのだ。
見事に男の体は反対の壁まで吹き飛ぶ。
「くっっっ、何をしやがる!!」
息を撒いて立ち上がる男に、レヴィアスは冷たく一瞥をくれるとエリスに向き直る。
「こんなところに来るから狙われるんだ。俺のことは放っておけ」
そう言って、再びカウンターに座ろうと背を向けた瞬間、
今度はエリスがレヴィアスの腕を強くつかんだ。
「いいえ、今日だけはちゃんと帰ってもらわないと、私が困るのよ」
「ああ?? クッ、まあそうだよな。なんたって今日は俺の誕生日だからな」

そう。今日はレヴィアスの誕生日。
王族である彼の誕生日は盛大に祝われるのが当然である。
王宮では彼の帰りを待って誕生の祝賀会が開かれることになっているのだが、
主役の到着が遅れていて始めることができないのだ。
それで、レヴィアスの行動を良く知っているエリスが迎えによこされた、というわけである。

「悪いが俺は自分の誕生日なんか興味がないんだ。そうあのババアに伝えておけ」
「そう・・・。それは残念だわ」
明るいエリスの声が突然沈み、うつむいてしまったのでレヴィアスは不安になった。
「な、なんだよ。別に、おまえが悪いってわけじゃないんだぜ。そんなに暗くなるなよ」
「じゃあ行きましょうよ、レヴィアス」
けろっとするエリス。はあー、とレヴィアスはため息をついた。
「何度も言わせんな。俺は行かないと言ったら行かない」
「どうして!?」
「それは・・・」

鏡を見ればいつも映る、色違いの瞳。
王者の証である黄金の瞳。だが、それは片方だけ。
こんな奇妙な自分の顔は、集まる人間たちのいい笑い種だ。
みんながみんな、自分の出生やこの瞳を見に来る。
そして、口々に言う。
『あの腰抜けの息子だから、あんな瞳に生まれるのだ』と。

いっそ、自分など生まれてこなければ良かった。
そう呪ったことは何度あるだろう。

唇を噛み床を見つめ、答えることをしないレヴィアスにエリスは優しく微笑んだ。
「あなたが生まれてこなければ、私はあなたと会うことはなかったわ。
私は、レヴィアスが生まれてきてくれて本当に嬉しいのよ」
「うれ・・しい?」

祝う? 俺が生まれたことを?
この少女は本当に喜んでくれているのか?

その疑問は心の中だけでは収まらなかった。
表情に現れたそのレヴィアスの気持ちをエリスはくんで、そして答えた。
「ええ。だから。祝いましょうよ、誕生日を」

そして、レヴィアスの手を優しく取った。
暖かなエリスの体温がレヴィアスの手を伝って心に、じわりと広がる。
「行きましょう、レヴィアス。二人だけでお祝いしましょうよ。
あなたのためのプレゼントを用意したの。行きましょう、レヴィアス」
体温と一緒に、エリスの慈愛に満ちた言葉が心に融ける。
この優しさに、レヴィアスの心は鋭く反応した。
求めていた何かを得たから。

欲しくて欲しくてたまらなかった。
空に手を伸ばしてもつかむことができなかった何か。
ずっと欲しくてもがいていた手に、今それがある。

鉛色の空が太陽を隠していたように。
レヴィアスの心もまたどんよりと曇っていたが、
エリスのたった一つの言葉で、優しさで、すべてが晴れた。

静かに微笑む太陽は目の前に。
求めていたものは目の前に。

そして。

エリスは王宮から少し離れた場所にある、寂しい農園に入っていった。
時刻も遅く、農夫たちの姿はまるでなかった。
夕闇迫るあぜ道を歩き、奥へ奥へと入っていく。
レヴィアスはその手を握り、エリスに導かれるまま、ただ着いていくだけ。

ここがどこなのかなんて気にならない。
そんなことどうだっていい。
レヴィアスには柔らかな彼女の手だけで十分だった。
エリスがいるところ、そこに自分がいられればそれでいい。

ただの小間使いだと思った彼女が、かけがえのない存在になった。
自然とレヴィアスの顔に微笑みが浮かぶ。
・・・しかし、レヴィアス自身は自分の穏やかな表情に気づいていなかった。

「さあ、ここを開けて」
突然と、木戸が数歩前に現れた。
呆然とそれを見つめるレヴィアスに、エリスはもう一度開けるように言った。
「開けてよ、レヴィアス。あなたの誕生日のために用意したのよ」
口調はやや急かすようだったが、エリスはにっこりと微笑みんで彼のために道をあける。
レヴィアスは無言のまま戸の前に歩を進め、ゆっくりとそれを押し開ける。

すると、目の前には一面の花畑が広がっていた。
夕闇が広がり、あたりは薄暗くなっているにもかかわらず、
その花畑はまるでそれ自体が輝いているかのように、色鮮やかな光を発していた。

「・・・俺のために、これを?」
「そう。ふふふ、私が花が好きだって理由でこれにしちゃったんだけどね」
照れくさそうに肩をすくめるエリス。
「ここのご主人に場所を譲ってもらって、今日のために育てたのよ」
「おまえが、これを!?」
「さ、レヴィアス。ここに立ってないで、中に入りましょうよ」
レヴィアスの腕をつかんで、エリスが中に引っ張りいれる。
柔らかな下草が生え、小さな花弁をつけた花々が咲き乱れる。
さながら、自然の絨毯といったところか。
エリスは迷いもなくその絨毯に足を踏み入れたが、レヴィアスはその前で立ち止まってしまった。
「どうしたの、レヴィアス?」
怪訝そうに彼を見上げる少女。
「いや。おまえがせっかく育てたんだろ、これ? 踏むなんて・・・悪いからな」
「あら、気にしてくれたのね? ふふっ、ありがとう。でも」
「?? ・・・おいっっっ」

エリスはもう一度、レヴィアスの腕をつかんでいる腕に力を入れて、自分に引き寄せた。
その一歩で、自然とレヴィアスの足は花を踏んでいた。
土と草の感触が足を包む。
「あなたに、この自然を感じてほしかったの。それが、私からのプレゼントよ」

周りの視線に苦しめられる毎日。
そんな姿をエリスは痛々しく思っていた。
そこから彼を解放したい。彼が安らげる場所を作りたい。
固い床などではなく自然に包まれた、秘密の花園。
そう。ここは二人だけが知る、聖域。

「踏まれて強くなるお花だってあるのよ、レヴィアス」
そう言ってエリスはレヴィアスから離れ、花の上にごろりと仰向けになった。
そして、大きく大きく、のびを一つしてレヴィアスを見上げた。
無邪気な少女の無垢な瞳。まるで吸い込まれそうなほどにひきつけられる。
「・・・おいおい。男の前でそんな無防備な姿を晒していいのか?」
呆れた風にレヴィアスが呟く。
「あなたなら」
エリスが返す。静かだが、心のこもった言葉。
レヴィアスは狂おしいほどの愛しさにかられた。
激しいほどの熱情が、体の底から湧き上がる。

レヴィアスもエリスの横に体を伸ばす。

「本当に、俺でいいのか?」
確かめるようにレヴィアスはエリスに問い掛ける。
「何度も言いたくないわ、レヴィアス。それじゃ、あなたはどうなの?」
「俺は・・・おまえが欲しい。おまえしかいらない」
自分でも驚くほど素直に気持ちを口に出した。
「おまえをこの腕に抱きたい」
そして、かけがえのない愛しい人を見つめる。
そっと前髪を払いのけ、エリスの愛らしい唇に触れる。

ぎぃぃっっ

戸が閉まった音がした。本当に二人だけの世界。

レヴィアスはエリスの顔に自分の顔を寄せ、そっと口づける。

そして・・・そして・・・。

「アーリーオースッッッ!!」
怒りに満ちた少女の声が頭に響いた。
「もうっっ!! 何度呼んでもおきないんだもん! そろそろ私だって本気で・・・」
「ん・・・。ああ、おまえか」
アンジェリークの声が頭に響く。アリオスは目覚めた。

『そうか、今のは夢だったのか。
今は亡きエリスの想い出が夢に現れたのか。
生涯ただ一人と心に決めた女との、心交わした夜を思い出したのか。

だが今は・・・俺はアリオス。真の身を偽る男。
この宇宙を手に入れ、いつか自分の宇宙へと帰り、皇帝となる男。
そして、再びエリスを我が腕に抱く。それが俺の誓い』

頭をボリボリとかきながらアリオスはベッドから起き上がった。
「なんだよ、騒々しいな、アンジェリーク。朝ぐらいゆっくり寝かせろよ」
「だーめっっ。今日は特別なのよ」
「はあ!? 今日が何だってんだよ?」
「アリオス、もしかして・・・今日が何の日か知らないの??」
心底驚いたように目を丸くするアンジェリーク。
「おまえはほんとに百面相だな。それに男のベッドに立つなんて、おまえも無防備だぜ」
目を細めて意地悪そうに笑うアリオス。自分の隣を指差しながら言った。
「なんなら、ここに引っ張り込んでやろうか?」
「はぐらかさないでよ!! 今日はあなたの誕生日でしょ!!」
「・・・ああ、そうだった・・・か?」
自分の誕生日などすっかり忘れていた。
そんなことは、まったく大切ではないからだ。
心をこめて祝ってくれた、あの少女がいない今となってはなおさら・・・。

「なによっ、そんなこと言うならプレゼントあげないんだから!」
ぷいっと顔を膨らませてそっぽを向いてしまうアンジェリーク。
この旅を通じて、彼女を怒らせると後で始末が悪いことが分かっている。
仲直りすることは、今の時点では有効だ。
・・・いずれ倒さねばならない相手だとしても。
・・・知らぬ間に自分が心惹かれている相手だとしても。

「分かった、分かった。悪かったよ、アンジェリーク」
「だめっ!! 心がこもってない!!」
「・・・ったく。頑固なとこもそっくり・・ってか」

亡き女性エリスと瓜二つのアンジェリーク、新宇宙の女王。
敵である自分のことを知らぬとはいえ、「好きだ」と言ってくれた少女。

アリオスはベッドから抜けアンジェリークの前に立ち、彼女の顎をつかんで自分に向かせる。
嫌でも自分と目線を通わせるように。
いつになく真剣な面持ちで、まっすぐにアンジェリークを見つめる。
「悪かった、アンジェリーク」
じっと見つめられ、恥ずかしくなったのかアンジェリークは、ぽっと顔を赤らめていた。
「クッ。なんだよ、おまえ。かっこいい俺に見つめられて恥ずかしいのか?」
「そっ、そんなこと・・・。もうっ、いいもん」
「あー、悪かった、ごめん。で、プレゼントってのはどれだ?」

アリオスはアンジェリークに引っ張られ、宿屋の裏手に連れてこられた。
宿煮に入ったときは暗くて分からなかったが、広い庭があったようだ。
そこは・・・花畑だった。

「宿屋のご主人さんが育てたお庭なんだけど、入っていいって言ってくれたの」
弾むようにしゃべるアンジェリーク。
「いつも戦いで疲れてると思うから、ここで少しリラックスできればって思って。
 きれいな空を見ながら深呼吸をすると、きっと気持ちいいわよー」
わくわくした表情でアンジェリークがアリオスを見上げた。
「・・・・・・」
アリオスは言葉が出なかった。まるで・・・あの日のようだと思ったからだ。
「・・・アリオス?」
アンジェリークは驚いた。
彼の表情は消えていた。いやまるで・・・今にも泣き出しそうだった。
そんな、弱々しいアリオスを見るのは初めてだったからだ。
いつもとまるで違うアリオスに、アンジェリークは動揺した。
そして、ぎゅっとアリオスの背中を抱きしめた。
自分を締め付ける感覚で、アリオスはようやく我に返った。
「ごめんね、アリオス。何か辛いことがあったの?」
「いや・・・何もないぜ。気にするな」
「するよー、するする。今日のアリオス、なんかおかしいもん」
イヤイヤするようにアンジェリークが頭を振る。
ふう、と一つため息をつき、アリオスは体を反転させた。
アンジェリークが自分を心配げに見つめている。
「大丈夫だ。心配すんな。ただ・・・昔を思い出してただけだ」
「昔? ・・・そう。悲しいことだったのね」
「ああ、まあな。でも、今更くよくよしたって仕方がねえことだ。気にすんな」
「アリオス・・・」
さばさばとした口調だが、アリオスの瞳は悲しげだった。
「悪いな、アンジェリーク。せっかくのプレゼント、湿っぽくさせちまって」
「ううん、気にしないで。大好きなアリオスが元気でさえいてくれたらいいの」
「大好き・・・か。そうか。なら、もう一つプレゼントをもらうとするか」
「えっ?」

アリオスはそのままアンジェリークの体を強き抱きしめた。
アンジェリークの体を自分の体に刻み付けるように、きつく、きつく。
そして、驚くアンジェリークの唇に自分の唇を重ねた。

ざあっっっ

木立が風に揺れる。
なびくアンジェリークの髪。
その髪に手を差し入れ、唇を離し、もう一度その顔を見つめる。
アンジェリークの潤んだ瞳にアリオスの、穏やかな顔が映る。

なんてあの女性に似ているのだろう。
なぜ、こんなにあの女性を思い出させるのだろう。
姿かたちだけでなく、心に寄り添おうとするその気持ちまで。

「ありがとう、アンジェリーク。いいプレゼントだったぜ」

夢か現か。
彼を慕う二人の少女へ、返すべきはどんな答えか。
旅の剣士・アリオスよ。皇帝レヴィアスよ。
夢か、現か。

この作品はアリオスバースデー企画・【魔導夜会】の参加作品です。

くうーっ・・・。またもシリアスで悲しいお話・・・。
どうしてもレヴィアスとエリスの話が書きたくて。
それと、アリオスの現在とも絡めたかったんです。だからこんなに長くなりました(汗)。

レヴィアスにとってエリスはどんな存在だったのでしょう。
ただのカレカノではないと思います。たった一人、心を許せる存在。
・・・聖母。
私はエリスにそんな印象も持ちます。
刺々しい環境で生きる彼の、すべてを受け止めてくれる。
そういう女性だから。

レヴィアスが宇宙を手に入れるだけではなく、どうしてもエリスを復活させたかった気持ち。
彼をそこまで駆り立てる気持ちを、綾水は模索します。

それに反比例するようなアンジェリークのブリッ子ぶりに笑ってください(恥)。