<<秘めたる想い>>

鈍色の空を見上げ、一人の時間を満喫している若者がいる。

彼はアリオス。今はそう呼ばれている。

この宇宙を統べる女王の力を手に入れるため、遥か彼方の宇宙からやってきた侵略者。
だが今は、女王を救出しようと活躍する一派と「旅の剣士」として行動を共にしている。
一派の中心となるのは一人の少女、アンジェリーク。
どんな困難に遭おうとも、どんな苦境に立とうとも、彼女は決して怯まない。
その不屈の精神力と笑顔が、共に戦う仲間達を引きつけてやまない。

自分も、彼女に惹かれている。そう気づいたのは昨日のことだ。
生涯ただ一人と決めた愛する人と似ているからだと、さっきまでは思っていた。
彼女はもういない。だが亡くなった今でも、ずっと彼女は心の中で生き続けている。
しかし、本当に生き返らせるためにはアンジェリークが必要。
だから、ずっと行動を共にしていた。そのはずなのだが。

昨日の夜、アンジェリークと共に雪を眺めた。
白く汚れのない雪が舞う世界。
まるでアンジェリークのようだ、とアリオスは雪を見て思った。
それに比べて自分がなんと汚れているのか。

自分の背負う運命、呪われた生い立ち、歪んだ願いの名前。過去に流してきたおびただしい血。
アンジェリークを前にすると、自分の汚れを突きつけられるようで苦しかった。
胸が・・・痛かった。

だから今、誰もいないこの岬に逃げてきた。
冷たい波の音しか聞こえない、氷のような風の吹く岬で孤独を感じ、安らいでいた。

しかし、その安らぎも長くは続かない。
「・・・アリオス、ではないですか?」
少し離れたところから、自分を呼ぶ声がした。
振り向かないでももう分かる。リュミエールと言う名の守護聖だ。

行動を共にする便宜上知らないことにしてあるのだが、彼は優しさを司る「水」の守護聖。
外見と同じく、たおやかで、思いやり深い人間。
だが、アリオスにとっては偽善に思えてならなかった。

「良かった、探していたのですよ」
心からの安堵のこもった、暖かい声色。さっきより少し近づいている。
「探していた? なんでだよ?」
振り向きもせず、鬱陶しそうにアリオスは答えた。
理由も分かっているのだが、あえて知らないフリをした。
「今日はあなたの誕生日です。みんなでお祝いしようとアンジェリークは言っていたではありませんか?」
「フッ。どうだったかな。あいにく憶えてないぜ」
突き放すように言ったのだが、相手は一向に気にしていないらしく、アリオスの隣に立った。
「なんだよ。男と並んで立つ趣味はないぜ」
「それは申し訳ありません。しかし、あなたを探してお連れするのが私の役目なのですよ」
ふふふ、と静かに微笑むリュミエール。
しかし、アリオスの顔を見てリュミエールは微笑むのをやめた。
「・・・何か、気にかかることでもあるのですか?」
端整な顔立ちがかげり、不安そうに眉根を寄せている。
「別に、なんでもねえよ」
「しかし、あなたはとても・・・。とても、苦しそうに見えます」
「苦しいだと? ハッ、笑わせてくれるぜ。俺のどこをどう見て苦しそうなんだ?」
「見た目ではありません。あなたの心が悲鳴を上げているのです。私には、聞こえるのです」
ぎょっとして、アリオスはリュミエールを見た。
「・・・本当に、あんたには聞こえるのか?」
「耳に届くというのではなく、感じるのです」
そう言うとリュミエールは、大きめの岩に腰を下ろした。
そして、いつも手放さない竪琴をおもむろに弾きはじめる。
「・・・・・・」
アリオスは無言で立っていた。
止めたってどうせ聞きはしない、そう思ったからだ。
だが、リュミエールの演奏が始まると、不思議と心が穏やかになることに気づいた。
弾く弦の音一つ一つが、波立っていた心を静かに撫でていく。
安らかに心を静める、心地の良い音色がアリオスを包む。
これは守護聖の持つ不可思議な力なのか? それとも、この音楽の魔力か?
常に緊張しているはずの自分が、不思議と和むのが分かった。
アリオスは瞼を閉じ演奏に心を傾け、一心に聞き入ることにした。

最後の音が空に消えていくと、アリオスも閉じていた瞳を開いた。
すると、目の前で演奏していたリュミエールが微笑んでいるのに気づいた。
「良かった。先ほどよりもあなたの表情が明るくなりましたね」
「・・・明るい、か。そうかもな」
気まずそうにアリオスが前髪を掻き上げる。なんとなく、居心地が悪くなった。
「しかし、依然あなたは悩みをお持ちの様子。私で良ければお話をうかがいますが」
「いや、結構。今の演奏だけで十分だ」
「・・・そうですか。分かりました。私には他に何も取り柄はありませんが、あなたが望むのでしたらまたハープをお聴かせしましょう」
にこりと笑うリュミエール。
「ああ、その時はまた頼むぜ」

俺の心に気づいた時が、あんたたちの最期かもな。
にやりと笑いアリオスは、心の中で囁いた。

「おや? その、手にしているものはオカリナではありませんか?」
そう。昨晩アンジエリークから渡されたオカリナだった。
自分の敵からプレゼントを受け取るなど、考えてもみなかった。
恥ずかしげに差し出されたオカリナを反射的に受け取ったはいいが、どうしたものかと困っていた。
捨てるに、捨てられなかった。胸が、痛んだからだ。

「それはアンジェリークから受け取ったのですね?」
「チッ。なんで知ってるんだよ?」
「ふふふ、それは秘密です」
リュミエールの爽やかな笑顔を見てアリオスは、食えない奴だ、と呻いた。
「あなたは慕われているのですよ、アリオス」
「慕う? ハッ。俺がか? 笑わせるな」
「笑わせる気などありません。ただ・・・あなたが羨ましいと思います」
真剣な表情のリュミエール。言葉の最後の方は、とても控えめだった。
「羨ましい、だと?」

どこを見て羨ましいなんて言葉が出るんだ。俺の真の姿も知らないくせに・・・。
アリオスは心の中で舌打ちした。

「互いを想い、想われる気持ち。どうかそれを大切にして下さい」
「なんだよ、互いって? まるで俺があいつのことを好き、みたいな言い方じゃねえか」
「・・・違うのですか?」
驚いたようにリュミエールが目を丸くする。
「私はてっきり、あなたもアンジェリークのことが」
「バカ言え。俺はあいつなんか・・・」
しかし、アリオスの口からそれに続く言葉は出なかった。

自分はアンジェリークの敵であり、命を狙っているという事実。
しかし彼女を慕い、愛しいと思う気持ちもまた事実。
アリオスの中で二つの心がせめぎ合い、悲鳴を上げた。

「アリオス。自分の心に正直になって下さい」
リュミエールは静かに告げた。
「あなたがどんな方であろうとも、アンジェリークは今のあなたを愛しているのですから」
「愛・・・か。そんな言葉、とうの昔に捨ててきたはずなんだがな。チッ」
痛々しいアリオスの舌打ちに、リュミエールは微笑んで答えた。
「大丈夫です、あなたの心は愛を忘れていません」
確信に満ちたほほえみを見てアリオスも、自嘲気味に笑った。
「そうかもな。・・・分かったよ、街へ戻ることにしようぜ」
今頃アンジェリークはパーティの飾り付けも終わり、アリオスの行方を必死になって探していることだろう。
早く自分の姿を見せてやれば安心するに違いない。そう思ったとき、胸の痛みは消えていた。
「戻ろうぜ、リュミエール」
そう言ってアリオスは、返事も待たずにさっさと街へ向かって歩き出してしまう。
慌ててリュミエールも大きな歩幅で追いつき、二人は並んで歩いた。
アンジェリークの待つ、街へ向かって。

「ところで、さっきの弾いてたやつ。あれはなんて曲だ?」
「ああ、教えていませんでしたね。(秘めたる想い)です」
「(秘めたる想い)?」
「はい。私の故郷では、恋に煩う男女の心を癒すために弾くのですよ」
リュミエールは、くすくす、と笑った。意味ありげに。
「・・・チッ。そういうことかよ。大した策士だぜ、あんたは」
「ふふふ。ありがとうございます。これは、ささやかながら私からのプレゼントです」

それから二人はパーティの会場に着くまで一言も交わすことはなかった。


この作品はアリオスバースデー企画・【魔導夜会】の参加作品です。

あはははは・・・(笑)
作者・綾水の独断と偏見でこの方にアリオスの誕生日を祝っていただきました。
リュミエール様・・・くすくす。いやー、笑うことじゃないんですけどね。
さりげなーい思いやりで、アリオスの心に訴えかける。
さすが水の守護聖様。素敵だ・・・(うっとり)。

すっかりリュミエール様の術中にはまったアリオス。
やっぱり彼には「誰かに振り回されるにーちゃん」役が似合います(おいおい)。