SEAL〜封〜
夜。
街の灯りはどこも消え、みなが安らぎの闇の中。
眠りの中でかいま見る夢に、人々はまどろむ。
光に満ちた明くる日に備えるため、一時の休息をとる。
そう、今は眠る時間。
ギイッ
扉の軋む音が微かにした。
宿屋の一室の扉が細く開いたのだ。
廊下に明々と灯っていた光も消えている。
差し込むかすかな月明かりだけが、真っ暗な闇に染められた廊下を照らしている。
客室から頭が先に出てきた。
人気がないのを確認するため、あたりを油断なく見る。
もう一度部屋の中に目を移し、同室の者達に異常がないか確かめる。
頭を振る度に特徴的な銀色の髪が、月明かりに映えて細かな輝き放った。
それは甲冑をまとった青年。
名はアリオスと言う。
ドアの隙間から体を滑らせると、ゆっくりとドアを閉める。
アリオスは足音も立てずに廊下を歩く。
玄関に向かい、一直線に。
途中、ふと足を止めたドアがあった。
そこは旅の一行で唯一の女性、アンジェリークの眠る部屋だ。
皇帝と名乗る男がこの宇宙を征服しようと企み、女王を拉致。
まさに宇宙の危機だが、その危機を救うべく立ち上がった女性。
それがアンジェリーク。別の宇宙の女王。栗色の髪の少女。
・・・亡くした大切な女性に嫌なほど似ている人間。
ドアを見つめながらアリオスは思った。
わき上がる、この感情は何だ?
あいつを愛しいと思う、この感情はどうしたんだ?
俺は・・・我は皇帝。
この宇宙を支配し、我が故郷に戻り、それからエリスを復活させる。
生涯でただ一人と誓った愛する女を復活させるため、アンジェリークに近づいた。
・・・それなのに・・・俺は・・・。
知らぬ間に、アリオスは拳を固めていた。
彼の心が抱える戸惑いと迷いが拳に現れていた。
そう、痛いほどに。爪がてのひらに食い込むほどに。
アリオスはふうっと一つため息をついた。
そして、前髪を掻き上げるとまた足を進める。
今度は止まることはなく玄関に立ち、内側から鍵をかけてあるドアに手をかける。
軋む音だけ残してドアは開き、澄んだ外気がアリオスを迎えた。
一歩、彼は外に踏み出す。
これから自分が行く場所に向かうために。
もう一歩踏み出す。彼の体は完全に外に出た。
ドアを後ろ手に閉め、闇に包まれた空を見上げる。
星の瞬きがアリオスを見下ろし、月明かりが寂しげに光を投じる。
もう一度、彼はためいき混じりの深呼吸をした。
そして、静かに瞼を閉じ頭を垂れる。
すると不思議な光がアリオスを包み始めた。
内側からにじみ出るその光はゆらゆらと妖しく立ち上り、彼の姿を変貌させてゆく。
一瞬の間に、彼の髪は銀色から黒色へと変わり・・・。
「アリオスッッ!!」
必死に声を殺して叫ぶ声。
ぎょっとしてアリオスは振り向いた。
一瞬にしてにじみ出ていたはずの妖しい光も消える。
髪の色も銀色のままだ。
「アンジェ・・・リーク」
途切れがちに呼んだ名前の少女、アンジェリークが、
今アリオスが出てきたドアの前に立っていたのだ。
夜着に薄いものを羽織った姿は、
いかにも慌てて追いかけてきたということを物語っている。
「どこへ行くの、アリオス?」
「チッ。その前に、なんでおまえがここにいるんだ!?」
吐き捨てるようなアリオスの言い方に、アンジェリークがびくりと肩を振るわせる。
「・・・あなたの通る気配がしたからよ。私のドアの前を通り過ぎたから」
あからさまな言い方だったとアリオスは後悔した。
「悪かった。そんなに怯えんなよ」
まいったぜ、とでも言うようにアリオスはため息をついた。
「それじゃ、今度は私の番。アリオス、どこへ行くつもりだったの?」
突き詰めるようなアンジェリークの問いかけに、いつもどおりはぐらかそうとアリオスは口を開いた。
「俺は元々集団行動が苦手なんだ。今までだって一人で旅して来た。だから息抜きにな」
「ウソよ!!」
「あのなぁー、夜に男が出歩くのに理由なんかないんだ。それに、行き先を聞くのは野暮だと思うぜ」
意地悪めいた嘲笑を浮かべたアリオスの瞳を、アンジェリークは真っ直ぐに見つめていた。
おかしい。
アリオスは気づいた。
いつもならここで猛然と反撃してくるはずなのに、今は黙ったまま。
沈黙に恐ろしさを感じアリオスは、次の言葉のために心で身構えた。
「知ってるわ、あなたのこと」
ぽつりと呟いたアンジェリーク。
「あなたが毎晩どこかへいなくなるのも知っているわ」
見つめる瞳からアリオスは逃げた。
まるで心の中まで見通すほど澄んでいるように感じたから。
「どう知ってるんだよ? 言ってみろよ」
冗談っぽく返したはずだが、アリオスは内心驚きを隠せなかった。
「最近、私、あなたから不思議な感覚を感じるの」
アンジェリークもまたうつむき加減に答えた。
「・・・私、あなたの正体を知っているわ、アリオス」
「俺が俺以外に何だってんだよ?」
「・・・私にそれを言わせないで」
苦しそうに顔を歪めるアンジェリーク。
一瞬の間をおいてアリオスは、アンジェリークの方を見た。
彼女もまたアリオスと視線を交わす。
その瞳の強さでアリオスは分かった。
アンジェリークは本当に知っている。
自分が、彼女の倒すべき敵であることを。
二人が敵同士であるということを。
「フッ。そうか、さすが女王というだけあるな」
複雑な笑みを浮かべてアリオスが呟く。
「お願い、行かないで。アリオス、お願い」
哀願するようにアンジェリークはアリオスの腕を掴んだ。
「あっちの側に、お願い、戻らないで」
見る間にアンジェリークの両の瞳から涙が溢れ出した。
涙をためた彼女の潤んだ瞳は、どんな宝石よりも静かに輝いていた。
「あなたのことが、好きなの。愛しているわ」
真剣な眼差しでアリオスは、自然と手を出していた。
ゆっくりと、緩慢な動きだが、アンジェリークに向かって手を伸ばす。
流れ出したアンジェリークの涙をそっと指で拭ってやる。
彼女の告白に胸が熱くなるのを感じる。
迷いのない、純粋な気持ち。それがアリオスを突き動かしていた。
「アンジェリーク。俺もおまえを愛している」
まるで自分に言い聞かせるかのように、静かに、深く言葉を紡いだ。
「この気持ちに偽りはない」
そっとアンジェリークの小さな顔を両手で包む。
女性らしい柔らかさが手のひらから伝わる。
涙で濡れて少し冷えた頬をそっと指で撫でる。
アンジェリークは言葉も出ず、ただアリオスに触れられるままだった。
瞳を閉じ、愛しい男性に触れられる喜びを感じていた。
アンジェリークは気づいただろうか。
彼が悲しげに自分を見つめていることを。
何よりも大切で愛しい女性を見つめる、寂しげな眼差しを感じただろうか。
じっとアンジェリークを見つめてからアリオスは、もう一度天を仰いだ。
それから静かに顔をアンジェリークに近づける。
ゆっくりと、彼女の顔を自分の瞳に焼き付けるかのように、時間をかけて。
その間にアリオスの唇が微かに震えた。
小さな音も漏らさずに。
夜の闇にも温かく色づく唇に、アリオスはそっと口づけた。
長く、長く・・・。
突然、アンジェリークの体ががくりと揺れた。
糸の切れた人形のように、くたくたと力が抜けていく。
アリオスはアンジェリークを支えた。突然の事態でも驚いている様子はない。
まるでこうなることが分かっていたかのように。
そしてアンジェリークの顔をのぞき込む。
静かに規則的な寝息を立てて、彼女は眠っていた。
寝顔を確認するとアリオスは、アンジェリークを抱いている腕に力を込める。
アンジェリークを抱き締めながらアリオスは、もう一度彼女の頬に軽くキスをした。
「悪いな、今はまだ分かってもらっちゃ困るんだ」
もう一度顔を見つめながらアリオスは呟いた。
「明日の朝起きたときにはすっかり忘れる。俺が皇帝であることなんて、さっぱり・・・」
「お迎えに上がりました、レヴィアス様」
気配がした。彼の側近の一人、カインの声がする。
「今夜はいらっしゃるのが遅いと、ルノーが心配していましたので」
もう一つ声がする。ユージィンだ。
つい今まで誰もいなかったはずの場所に二人の男性。
「・・・魔導で記憶を消したのですか?」
「ああ」
カインへ返答したその声は、アンジェリークにいつも使う声よりも低く、冷たいものだった。
「迎えなどいらぬ。すぐに戻ると言っておけ」
振り向きもせずに冷徹に命じる。
「はい、レヴィアス様」
答えるとユージィンは喜び勇んで、再び闇の中へと消えていった。
「・・・お待ちしております」
心残りな一言を残してカインもまた消えていった。
アリオスはアンジェリークを抱きかかえ、再び宿屋へと入っていく。
彼女をベッドに寝かせると、また再び彼の体からゆらりと妖しい光が立ち上り、
髪の色は黒色へと変貌する。
皇帝・レヴィアスの姿へと完全に変わった。
静かに眠る少女を見下ろす瞳は、優しく穏やかなものだった。
彼の真の姿を知る誰もが見たこともないような、暖かみのある眼差し。
だが、彼の言葉からは別離とも取れる言葉が紡ぎ出された。
「我は皇帝。おまえと決する者。おまえは・・・今宵のことを忘れるがいい」
金の瞳が寂しげに輝く。
「それが・・・おまえのためだ」
何かを振り払うように彼は、勢いを付けて体を翻した。
冷たい夜空に優しい光を掲げてくれた少女に背を向け。
レヴィアスは部屋の隅の闇へと溶けて消えた。
ああ・・・また黒い壁紙を使ってしまいました(笑)
アリオスの話だと、どうも夜に話を設定しがちです(T_T)
久々に切ない二人の話を書いてみました。
ネタは随分前からあったのですが、ようやく形にできました。
あ。途中、アリオスの唇が震えていますが、別に寒いからではありません(笑)
声を出さずに呪文を唱えたからです・・・って、分かりますよね?キスで魔法がかかるなんて、少しメルヘンチックですよね(*^^*)
この創作は私のたってのお願いでファロウ様にさしあげました。
受け取ってくれてどうもありがとう、ファロウ。