アルカディアにやって来て、どれぐらい経っただろうか。
リュミエールとアンジェリークは今日まで、
何度こうして肩を並べて歩いたことだろうか。
幾度手をつないで笑いあっただろうか。
「アンジェリーク。こうして再び会えるとは、思ってもみませんでした」
その言葉に、少し先を歩いていたアンジェリークの足がつと止まる。
そして振り返る。その反動でふわりと肩で揺れる髪の流れが眩しく輝いた。
愛しい女性の眼差しに、リュミエールは心からの微笑を返した。
「あの別れの時。どんなに想っていても、あなたと添い遂げることはできないと思いました。
それが、またこうして二人で歩くことができるのですから。
・・・不可解な事件も嬉しいと思ってしまう、私は不謹慎ですね」
最後の一言に、ふっとリュミエールの顔が曇り、うつむいてしまう。
うつむくと、長いまつげが影を作った。
喜んではいけないことを喜んでしまう、そんな自分を責める、寂しい影が。
するとアンジェリークが弾けるようにリュミエールの元に駈け寄り、
そっとその手を取り、自分の胸の高さまで持ち上げて言った。
「私も嬉しいって思います。だからリュミエール様が不謹慎なら、私も不謹慎です!」
彼女の言葉に一瞬驚いたような表情を見せたが、
またすぐにリュミエールはいつもの穏やかな笑顔に戻った。
「アンジェリーク・・・ありがとう。あなたはいつも私を心にかけて下さるのですね」
「リュミエール様も同じでは?」
「ふふっ、その通りです。誰よりもあなたの幸せを、私はいつも願っていますよ」
顔の横で流れる髪の束をすくって、リュミエールはアンジェリークの耳にかけてやる。
風で乱れた前髪をそっと払い除け、その額に優しく口付けた。
「先日、ルヴァ様から素敵なお話を聞かせてもらったのです。それをお話してもよろしいですか?」
リュミエールは少し先を指差して、腰掛けましょうと促した。
太陽の公園には噴水を囲むように星のオブジェがある。
それを見ていて思い出した話だ。
二人はオブジェが眺められる、通路の段に腰掛けた。
リュミエールは静かに語りだした。
これは辺境の惑星に伝わる、古いお話だそうです。
夏の初め頃。その惑星には『七夕(たなばた)』と呼ばれる行事があるそうです。
願い事を書いた短冊を笹と呼ばれる植物の葉に結わえつけると、
その願いは叶えられるそうなのです。
そして、この行事にはこんな言い伝えがあるそうです。
昔、愛し合っていた仲の良い夫婦がいたそうです。
男は彦星、女は織姫。
本当に愛し合っていた二人は常に一緒にいて。
他のことが手につかないほど、共にいる時間を選んでいたそうです。
ところがそれを見た天の神が怒り、二人の姿を星に変え、仲を引き離してしまったのです。
ただし、年に一度だけ。
7月7日の七夕の夜だけ会って良いという許しが出たので、
二人は天の川という川で、それから毎年会うことが出来ました。
聞き終わるとアンジェリークはきょとんとしていた。
「二人は年に一度だけ会えたんですよね?」
「そのようですね」
「それじゃ、一年の残りの日は二人とも寂しかったんじゃないかしら」
アンジェリークも言いながら、切なそうに胸の辺りを掴んだ。
「ロマンチックみたいですけど、とっても悲しく私には聞えました」
「あなたにはそう聞えましたか? 私には二人がうらやましく思えましたよ」
リュミエールはまだ星の出ていない、青い空を眺めながら続けた。
「このお話は夏の夜空の星にまつわる話なのです。
彦星も織姫も、それぞれが属する星座の中の星の一つ。
天の川というのも星が集まって出来た、川のように見えるものだそうです。
夏の一時期に天の川と呼ばれる星の集まりがきれいに見えるそうなので、
それでこのようなお話が出来たそうですが。
私は、一年に一度だけだとしても、愛する人に会えるのだったら、
どんなにか嬉しいだろうと思いました」
そして目を、横に座るアンジェリークに向けた。
「私も、今はあなたとともにいる時間を何よりも大切にしたい」
「えっ、でも・・・。他のことが手につかないのはいけないと思いますけど」
複雑な思いを込めてアンジェリークは言った。
その表情を見て、リュミエールは心殻愛らしいと思った。
アンジェリークだって、リュミエールと一緒にいる時間を何よりも大切にしたいと思っているはずだが、
彼女には今、成すべきことがある。
だから複雑な思いを持っていることは分かっていた。
そのための手伝いをリュミエールもしている。
「ふふっ、もちろんそうですね。これからもあなたのために育成をお手伝いしましょう。
愛するあなたのために私の力が役に立つのならば、この身のすべてを使ってほしいぐらいです」
「今もリュミエール様は十分私の育成に力を貸してくれています。
これ以上お願いしたら、リュミエール様が・・・」
「私なら大丈夫ですよ」
安心してください、とリュミエールはアンジェリークの手を軽く握った。
「私たちは彦星と織姫のように、定期的に合うことは叶いません。
ならば、今こうして一緒にいられる時間を何よりも大切にしたいのです。
アンジェリーク、愛しています」
心のこもった愛の言葉に、アンジェリークはぽっと頬を染めた。
リュミエールはアンジェリークの肩に手を回すと、自分の方に強く抱き寄せた。
ちょうど胸のあたりにアンジェリークの頭が当たる。
アンジェリークはリュミエールの胸に耳をつけた。
規則正しいその鼓動は、まるで時計が時間を刻んでいるかのようだ。
二人でいる時間を刻む、心の時計。
アンジェリークは顔を上げてリュミエールを見つめた。
「私もリュミエール様と一緒の時間をいっぱい持ちたいです」
「嬉しいですよ、あなたも同じ思いでいてくれて」
リュミエールはアンジェリークのうなじの髪の束をそっと手で払い、優しく唇を寄せる。
ふっとかかる息でアンジェリークの心臓がどきんと跳ねた。
真っ赤になってリュミエールの瞳を覗き込むと、彼の限りない優しさに包まれるようだ。
「アンジェリーク。私の大切な人。
そのかわいらしい微笑みが、どうか永遠に私のそばにありますように」
まるでその言葉が呪文のようにアンジェリークの耳から心に溶け込み。
吸い寄せられるようにリュミエールの唇にアンジェリークの方から唇が重ねた。
お互いしか見えない、キスの間。
二人の、お互いを愛する気持ちは体という障害をも乗り越え、完全に交わった。
たとえ再び別れ、遠く離れた距離をお互いに持つとしても。
二人の心が離れることはないだろう。
柔らかな風が吹く野辺に、想い合う二人の影が重なる時。
今ここに、永遠の愛を誓おう。
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