恋の戦いの始まり

それは三日前の木の曜日のことだった。
草の上に座って気持ち良く風に吹かれていたとき、
アンジェリークがニコニコしながらピンク色のカードをアリオスに渡したのだった。
「なんだよ、これは?」
怪訝な顔つきで尋ねるアリオスに、アンジェリークは書いてあるとおりだと答えた。
「俺をおまえの部屋に招待するってのか?」
クッと笑いながらアリオスは前髪を抑えた。
「男を女の部屋に招待するってことは、それなりの覚悟をしてるってことだよな?」
含みのあるその言い方にアンジェリークは顔を真っ赤にした。
「そっ、そんな意味はないもの。ただランチを作るから来てねってことだけだもの」
「なーに想像してんだよ。しかもハート付き」
カードの最後のハートの部分を指でなぞりながら、アリオスは顔を上げて答えた。
「分かったよ。この時間空いてたら行ってやるぜ」
「まあ! アリオスって私に会う以外に他に用事があるの?」
「・・・おまえ、今ものすごくきつい事言ったの、分かってるよな?」
「えっ? うーん・・・ごめんね。よく、分からないけど」
本当に分かってないように小首をかしげるアンジェリークにはかなわない。
「自覚ゼロってか・・・。分かった。行ってやるから。
 そのかわり、食えるモン用意しておけよ!」
「うん、任せて!」
ふふっ、と笑ったその笑顔を引き寄せてアリオスは頬に口付けた。

そして今日がその日。
アリオスは辺りをきょろきょろと油断なく見回す。
そして誰もいないことを確認してから、素早い身のこなしで柵を乗り越え、
アンジェリークの住む建物の前に立った。

アリオスの存在はアルカディアにいる守護聖には秘密。
ここで会ってしまっては、新たな問題を引き起こしかねない。
だから細心の注意を払って動いていた。

最後に守護聖に会ったのは、あの黒い竜巻の事件。
あの時、自分は大きな力をはね退け、そしてここに飛ばされた。
記憶喪失という代償と引き換えに、再びアンジェリークと出会ったわけだが。
色んな経緯は、この際どうでもいい。今ここにいる事がすべて。アリオスはそう思っていた。
幸いなことに記憶も戻った。
アンジェリークは自分と戦った相手でもあるが、それでも心を許してくれていた。
アリオスもアンジェリークを愛していた。
かけがえのない、大切な女性。そう認識するのに時間はかからなかった。

その彼女の誘いだから、守護聖と鉢合わせするかもしれない危険を顧みずにここまで来た。
アリオスには守護聖を察知するぐらい造作もないことだが。
不注意でアンジェリークに迷惑をかけるといけないと思い、ここまでかなり神経を使ってやってきた。
そして最後。
廊下の角を曲がれば部屋のドア、というところでアリオスははっとし、足を止めた。
ドアの前に守護聖のうちの一人がいるとアリオスは感じたからだ。
ぎょっとして廊下の壁に背中を当て、ゆっくりとその人物の様子をうかがう。
『一体誰なんだよ、こんな時に・・・』
憎々しげにギリッと歯噛みしながら見た、その人物は。
水の守護聖、リュミエールだった。
いつものようにハープを小脇に抱え、もう片方の腕にはバスケットが提げられている。
『おいおい、なんでこんな時にプレゼントなんて持ってきてんだよ・・・』
心の中でため息をついた、その時!!
リュミエールがふと、アリオスのいる方向へ首を巡らせた。
『!!』
一瞬だけ動くのが鈍り、リュミエールは廊下に誰かがいることに気づいてしまったようだ。
「そちらにいるのはどなたですか?」
声をかけられた。その声に少しだけ警戒心が混じっている。
返事をするか、このまま逃げるか。アリオスは迷った。
『どうする・・・』
迷っているうちに、だんだんとリュミエールの足音が近づいてきた。
もう余裕はない。アンジェリークに迷惑をかけたとしても、姿を表す他はなかった。
アリオスは廊下の影から体を出した。
「俺だよ」
と一言だけ。いつもと変わらない、あのぶっきらぼうな言い方で。
あからさまにリュミエールの息を呑む音が聞えた。
「あなたはっ!?」
そう言った時、アンジェリークの部屋のドアが開いた音がした。
「リュミエール様? アリオス?」
二人を呼ぶ声が聞えた。
二人は同時にアンジェリークの方を見た。
アンジェリークはかわいらしい白いレースのエプロンをして、二人を見つけると手を振ってきた。
「さあ、早く入ってください」
その顔は、二人が鉢合わせてしてもまったく動じていない、いつもの彼女だった。
「は、入って下さいって・・・」
アリオスは驚きすぎてその後の言葉が出なかった。
『普通は驚くだろ、俺と守護聖がばったり会ったなんてことになったら』
「それではお邪魔します」
「・・・おい!?」
呆れて物も言えなかったアリオスを置いて、
リュミエールの方はすたすたとアンジェリークの部屋に入っていってしまった。
肝が据わっているというのか、何と言うのか。
もうこの状況において何をどうしても仕方がない。
アリオスは頭を軽く振ってから、リュミエールに続いて部屋に入っていった。

「ごめんなさい。ちょっと昨日忙しくしてて、お料理今作ってるんです」
部屋に入るといい香りがした。香りから察するに・・・。
「カレーですね?」
言おうとした言葉をリュミエールが先に言ってしまった。
「はい。スパイス屋さんからとってもいい香りのスパイスをもらったので、
 それで作ってみたんです」
今はまだ煮込んでいるところらしい。
テーブルには既に、皿や飲み物の準備が整えられている。
アリオスはぐるりとアンジェリークの部屋を見渡した。
光がよく入る大きな窓の前にテーブル。
レースのカーテン。整えられた調度品。
女の子好みの色合いに、アリオスは眩暈がしそうだった。
「何か手伝うことはありませんか?」
そう言ってリュミエールは既に腕まくりをしながらアンジェリークのもとへと行ってしまった。
「今朝摘んだばかりのハーブをいくつかお持ちしたのです。サラダに添えてもよろしいですか?」
「ええ、ありがとうございます。うわあっ、いい香り」
そんな嬉しそうな二人の会話を、居心地悪そうに聞いていた。
『俺は食うのに徹するか』
アンジェリークの手伝いはリュミエールに任せておけばいい。
何もすることがなく、ベッドの上にとりあえず腰を下ろしてクッションをぽんぽんと叩いてみた。
天井を眺め、手持ち無沙汰なので髪をかきあげてみる。
ますます居心地が悪くなってきた。
「・・・なあ、アンジェリーク」
とりあえず呼びかけて立ち上がったが、出てきたのはリュミエールだった。
「あなたとは久しぶりにお会いしますね。お元気でしたか?」
いつも通りの穏やかな笑顔のリュミエール。
確か彼は『優しさ』を司っていたはずだ。
リュミエールの立ち居振舞い、言動からすべてその『優しさ』が現れている。
『俺とは対極だぜ』
そんな風に思ってからアリオスは答えた。
「まあな。おかげさまで元気にやらせてもらってるぜ」
「ずっとアルカディアにはいらしたのですか?」
「ああ、まあよく分からないんだが。気がついたらここにいた。それだけだ」
「そうですか・・・。あの時、黒い竜巻と共にあなたも姿を消してしまい、とても心配していたのです」
悲しげに目を伏せるリュミエール。
「俺のことを心配?」
アリオスは信じられなかった。自分は敵として彼らと戦っていたからだ。
アンジェリークは許してくれたとはいえ、守護聖はまた違う考えをもっているだろう。
だからこそアリオスは、彼らの前に姿を表さずにいた。
「敵だった俺を心配してくれたってのか?」
「ええ、もちろんですよ。あなたとは短い付き合いでしたが、一緒に戦ったではありませんか」
「おいおい、その戦った相手ってのは・・・」
「皇帝、ですね」
リュミエールはアリオスの言葉を遮った。
そして、いつの間にか用意していたハーブティーのポットを傾け、アリオスの前のカップに注ぐ。
「確かに私たちの宇宙は皇帝により侵略を受けていました。
 しかし、皇帝一派との戦いにおいて、非常に心強い仲間が出来たことも真実です。
 それがあなた、アリオスですよ」
にこっと微笑んで、どうぞとリュミエールはアリオスにカップを勧めた。
「あの時は大変な事態でしたから私の入れたお茶を飲んでいただくこともできませんでした。
 あなたは本当にお強いですから、あの邪悪な力の前で屈することはないとは思っていました。
 とはいえ、こうして再会できて、本当に嬉しいですよ。
 今日はゆっくりと、私のハーブティーを楽しんでくださいね」
一片の疑念もない、真っ直ぐな、そして信頼しきった笑顔。
リュミエールは心の底からアリオスを仲間として認知してくれているのだ。
そうアリオスも気づき、一瞬の間を置いてから、そっとカップに手をかけた。
そして、こくりと一口喉に流し込む。
優しい味わいが口いっぱいに広がり、鼻を抜ける自然の香りに心が溶かされていくようだった。
「・・・こういうのも悪くはないな」
「ああ、すみません。ハーブティーはお好きではありませんでしたか?」
慌ててリュミエールがアリオスに好みを尋ねた。
「いや。ただ、飲み慣れないだけだ。うまいぜ」
喉を流れる温かな感触。その胸の奥に感じる切ない痛み。
アリオスは生まれて初めてそんな痛みを感じた。
仲間と呼ばれ、再会する喜びを初めて知った。
もちろん涙など見せないが、アリオスの胸に言葉にならない感情が広がっていた。
「あんたがそう思っていてくれて、良かったぜ」
「ありがとうございます。私もあなたと再会できて嬉しいですよ」
「クッ。何度も言うなよ、くすぐったくなるぜ」
「ふふふ。・・・ああ、アリオス。あなたにはっきり聞いておかなければなりませんね」
おもむろにリュミエールはアリオスの対面に座り、真面目な顔をして尋ねてきた。
「アンジェリークのことを、あなたはどう思っているのですか?」
「・・・はあ!?」
あまりに突然すぎて驚いてしまう。危うく持っていたカップを落とすところだった。
「な、なんだよ、いきなり!?」
一番恋愛の話なんかに疎そうな、そんな守護聖から単刀直入に聞かれたものだから面食らった。
「プライベートなことを聞くようで大変心苦しいのですが。
 しかし、先にしっかり聞いておきたいと思いまして」
テーブルの上で手を組み、真っ直ぐに、射抜くような視線でアリオスを見つめる。
「どう思うって・・・」
「私は、アンジェリークのことが好きです」
言いよどむアリオスの前に、リュミエールがすっきりと切り出した。
余計な修飾を使わず、リュミエールははっきりと自分の想いを口にした。
それを聞いてアリオスも、心にある言葉を言った。
「俺も、あいつのことが好きだぜ」
「・・・そうですか。では、あなたと私はライバル、ということですね?」
「さっきまでは仲間だとか言ってたのに、もうライバルかよ」
一瞬で変わったな、と思わず苦笑いを浮かべるアリオス。
「そうですね。ですが、私はあなたに負ける気はありません。
 アンジェリークのことを渡す気もありません。
 これだけは引く気はないのですよ、アリオス
 アンジェリークは、私が幸せにします」
「・・・プロポーズの言葉なら、俺じゃなくてあいつに言えよ」
うっとうしそうに頭を振りながらアリオスが言った。
「俺だって、譲る気はないぜ。宇宙で一人、俺が見つけた大切な・・・大切な女だ。
 俺を変えてくれた、あいつだけは他の誰にも渡さない」
ぎん、と音がしそうなほどにアリオスはリュミエールを睨みつけた。
リュミエールもまた、珍しいほどに厳しい表情でアリオスのその瞳を受けていた。
しばらく痛い空気が流れていた、が。
ふっ、とリュミエールの方が息を吐いた。
「あなたの気持ちが聞けて良かったです。
 最終的にアンジェリークがどちらの手を取ってくれるのか楽しみですね」
「・・・言うようになったな、リュミエール・・・」
おもしろい、とアリオスは笑った。いつものあの余裕の笑みで。
「お待たせしましたー。出来ましたーっ!」
二人の冷たい空気を知ってか知らずか。
アンジェリークがひときわ嬉しそうな声を出してこちらにやってきた。
手には重たそうな水差しを持ち、よたよたと歩いて・・・。
「きゃぁっ!!」
絨毯の角に足を引っ掛け、ぐらりと体勢を崩したアンジェリーク。
「アンジェリーク!!」
リュミエールとアリオスが同時に叫び、同時に動いた。
倒れるアンジェリークを支えるように、同時に腕を差し伸べ・・・。

ごろんごろん、と水差しが音を立てて転がる。
だが、アンジェリークは倒れなかった。
リュミエールに両腕をつかまれ、アリオスに横から腰をすくい上げられ。
まるで捕獲されたような、そんなおかしな格好だったのだが。
アンジェリークは倒れることはなかった。
しばらくこのおかしな体勢は続いたのだが、三人とも赤面して解放された。

部屋を整えなおしてからようやくランチが始まった。
アンジェリークの作ったカレーライスはなかなかの味わいだった。
「まあ、俺には少し辛味が足りないってとこか?」
「あっ、ごめんね。今度作る時はもう少しスパイスを足してみる」
「私には丁度いいですよ」
「うふっ、ありがとうございます、リュミエール様」
そんな会話をしながら和やかに時が流れる。
「なあ、アンジェリーク。聞いてもいいか?」
「うん。なあに?」
デザートのフルーツを切り分けながらアンジェリークがうなづく。
「なんで今日の昼メシに俺たち二人を呼んだんだ?」
「私も同じ事を思っていました。なぜ私たち二人だったのでしょう?」
アリオスとリュミエールからじっとみつめられたアンジェリーク。
「えっと・・・特に理由はないんですけど。
 私が、えっと・・・二人を好きだからって理由じゃだめですか?」
はにかみながら出された答えに、二人ともきょとんとしてしばらく何も言えなかった。
「私、リュミエール様もアリオスも大好きなんです。
 だから、二人も仲良くなってくれたら嬉しいなって思って。
 それでお二人を呼んだんです」
「俺たちが、仲良く?」
リュミエールと自分を指差しながら確認してしまうアリオス。
「・・・そうですね。せっかく再会したのですから、これから仲良くしましょう、アリオス」
『そのかわり、最後に彼女の微笑みはどちらが手に入れるかは分かりませんけどね』
こそっと小さな声で、アリオスだけに呟くリュミエール。
「・・・フッ、望むところだぜ」
余裕する感じるアリオスの答えに、リュミエールも満足そうにうなづいた。
「えっ、二人だけで何話してるんですか!? ずるーい!!」
仲間に入れてもらえばぷっと顔を膨らませたアンジェリークの頭を、
くしゃくしゃとアリオスが乱暴に撫でた。
「男だけの話だ。おまえは黙ってついてこい」
「ええーっ!! リュミエール様〜」
「すみません。私とアリオスだけの話なのです」
涼しい笑顔を向けられ、アンジェリークも渋々黙った。
「それでは、今日の食事のお礼にハープを弾いてさしあげましょう」
「クッ。アンジェリーク、腹いっぱいで音楽なんて聴いたら眠たくなるんじゃねえのか?」
「ひっどーい! アリオスっていっつもそう言う風に言うのね!」
そんな他愛のない話をして午後の時間を過ごしていった。

こうして。
アルカディアでの残りの日数の間。
リュミエールとアリオスの間の恋の戦いは続いた。
さて。最後にアンジェリークが手を取ったのはどちらでしょう。
それはこのあとの物語に続く・・・。

なぜカレーなんだ、アンジェリーク!!(笑)
理由は簡単なんです、「香辛料を売ってるお店があったから」(続爆)
でもカレーっていいですよね。作るの簡単だし、いっぱい食べれるし。
・・・でも、そういえばアンジェリークはレトルトのルウじゃないんですよね・・・。
しっかり香辛料から作ったカレーでしょう。えらいぞ、アンジェリーク!!(笑)

ということで。ここからお話が分岐します。
リュミエール様とアリオスの静かな静かな恋の戦いははじまったばかり。
さて、あなたはどちらの手をアンジェリークが取ったと思いますか?
下のリンクから選んで飛んでみてくださいね。
もちろん両方のお話をお楽しみいただけます♪

リュミエールだと思う   アリオスだと思う