あなたの手を
ロザリア。
ローズコンテストの優勝者を数多く輩出している名家のお嬢様。
気高くと凛としたその姿勢は、同年代の少女たちの憧れの的。
才色兼備という言葉は彼女のために用意されたのかもしれない。
今日はジュリアスが担当しているケーキの街に連れてきてもらったのだが・・・。
実は今、迷子になっているのだ。
「困りましたわ・・・どうしましょう」
すっと伸びた姿勢、きりっとした面立ち。
なのに、目だけは所在なげにきょろきょろと動いている。
実は彼女、方向オンチなのだ。
すべてにおいて完璧であるロザリアの、唯一といっていいほどの弱点。
一緒に来ているはずのアンジェリークたちの姿も見えない。
こうして悩んで、歩いて、どれぐらいたっただろう・・・。
どこを見ても同じ家、同じ道。
さっきもここを通ったような気がする。
不安にかられ、ロザリアは悲しくなった。
座り込んで泣いてしまいたかった。
しかし、彼女の誇り高い性格がそれを許さない。
決して諦めてはいけないと強く急かす心が、足を前へ前へと進めてきた。
だが・・・。
美しい彼女の顔に、憂いの色が浮かぶ。
悲しみの谷間が眉間に刻まれる。
体は疲れきり、足は鉛の靴を履いているかのように重たい。
なによりも・・・。
心細い。
「もうだめ・・・ですわ・・・」
弱音が口をついた、その時。
「あー、偶然ですねぇ〜」
のんびりとした声がすぐ背後でした。
ぎょっとして振り返ると、そこには和菓子担当のルヴァがにこにこと笑いながら立っていた。
「ル、ルヴァ先輩?? どうしてこちらに??」
「ええ。今日は天気もいいですし、ケーキについて色々知りたいと思いまして、ちょっと散歩です」
「おさ・・・んぽ??」
「はい、そうですけど・・・ロザリア?」
彼女の暗い表情に、ルヴァはようやく気づいた。
「どうか、しましたか?」
「いっ、いいえ、なんでもありませんわ」
顔を覗き込まれたので、ロザリアはぷいっと反対を向いてしまう。
「そうですか? ところで、ジュリアスが一緒じゃないんですか? 見かけませんねぇ」
「そっ、それが・・・」
ロザリアは素直に言えなかった。
自分が迷子になったとは・・・。
それは、これまで誰にも明かしたことのない、ロザリアの秘密。
『そんな恥ずかしいこと言えない・・・。
私が迷子だなんて、言えないわ・・・』
顔を赤らめてうつむく彼女を、不思議そうにルヴァが見つめる。
「大丈夫ですか? どこか、具合が悪いとか?」
ロザリアは呼びかけられ、はっとして一歩下がってしまった。
「ロザリア?」
驚くルヴァ。今日の彼女の様子はおかしい。そうは分かったが・・・。
「なんでもありませんわ。こっ、これから合流する予定でしたの」
「あー、そうだったんですか。それでは足を止めさせてはいけませんね。
実はですねー、この先に有名なケーキのお店がありまして。
良かったらあなたも行かないかなー、と思ってたんですよ」
いつもの微笑でルヴァが言った。
「ここで会ったのも何かの導きかと思ったんですけど、お邪魔しては・・・」
「ご一緒しますわ!!」
ロザリアはルヴァを遮って答えた。
その声の強さにルヴァは驚いたが、あえて聞くことはしなかった。
「は、はあ。でも合流はいいんですか?」
「いいんですの、ルヴァ先輩。私もその有名なお店に連れて行っていただけませんか?」
口早に答えるロザリアに、ルヴァはいつもと彼女の様子が違うことを確信した。
一瞬目を細めて彼女を見たがルヴァは、すぐににっこりと笑って言った。
「では、まいりましょうねー」
「はい、ルヴァ先輩」
店につくとすぐ、ルヴァが有名と言われる所以となったケーキを二人分注文した。
「かしこまりました」
店員が行くとすぐ、ルヴァはロザリアに目を移した。
先に運ばれてきたあたたかな紅茶に口をつけ、ほっとした表情のロザリア。
「ああ、良かった。気分は治ったみたいですねー」
安堵するルヴァに、ロザリアははっとした。
「・・・お分かりでしたの?」
「あなたの様子が普段と違うことは分かってはいましたが、原因までは」
ルヴァは言葉を続けず、ロザリアが自分から語るように口を閉じた。
ロザリアはカップをソーサーに戻すと視線をテーブルに落とす。
「その・・・私・・・あの・・・」
珍しく口篭もるロザリアを見て、ルヴァは言った。
「答えにくいことなら聞きませんよ、ロザリア」
「・・・ありがとうございます、ルヴァ先輩」
「どういたしまして。では、話を変えましょうか?。そうですねー・・・ああ!」
ルヴァは何かが浮かんだように、ぽんと手を叩いた。
そして、自分の前に置かれた紅茶を一口ふくみ、喉を潤してから語り始めた。
「ではー、私の昔話を致しましょうか?」
「昔話?」
「ええ。聞いてみませんか?」
聞きたいでしょ? と言わんばかりの視線に、ロザリアはこくんとうなづいた。
「では、話しましょうね」
それは、私が中等部にいた頃です。・・・あ、昔ではないですよねぇ、これじゃ。
ある日私が学園内を歩いていたら、一人の女の子と出会いました。
その子は泣いていたのですよ。ええ、それはすごい勢いで。
私は口下手ですから、どう彼女に近づけばいいのか分からなかったんですが、
とにかく、声をかけてみようと思いましてね。
それで私は彼女に近づき、声をかけました。
『どうしたんですか?』とね。
すると、その子は『迷子になったの』と答えたのです。
その時の声が・・・ふふふ、なんとも可愛らしかったんですねー。
そうですねー、さながら鈴の音でしょうか。リンリンと鳴る、耳に心地よい鈴の音。
・・・あ、私には変な趣味はありませんよ、ロザリア。勘違いしないで下さいね。
こほん。
私は、その子の顔も見てみたいと思いました。
両手で顔を覆っていたので見えなかったんですよ。
『そうですか、それは困りましたね。でも、まずは涙を拭きましょう』
『・・・涙を拭きましょう』
そう言って、白い清潔なハンカチが差し出された。
(あら? 私・・・なんでルヴァ先輩の言っている場面が頭に浮かぶのかしら?)
私はハンカチを出して彼女の涙を拭ってあげました。
するとぐしょぐしょだった女の子の顔が、まるでですねー。
そう・・・花のように可憐でかわいかったのですよ。
例えるなら、野に咲く小さなユリの白い花。
幼いながらも、彼女からはとても強い、気高さを感じたんです。
きっと普段は人前では泣かないぐらい、芯の強い子だろうと思いました。
心で制御できないほど、彼女は不安を感じていたのだろう、ともね。
しかし、私はそれまで会ったことがなかったです、こんなに可愛らしい子は。
彼女が問い掛けてこなければ、私はその子のことを見続けていたかもしれません。
じっと見つめる人。
だぁれ? あなたはだぁれ?
ロザリアの心の中でその言葉が反響する。
『お兄ちゃん、だぁれ?』
『私はルヴァ。ここの学園の生徒ですよ』
『わたしは』
『わたしはロザリアよ、ルヴァおにいちゃん』
そう答えた・・・自分。
(えっ!?)
「せっ、先輩!?」
「しーっ。ロザリア、この話には続きがありますよ」
口に指を立ててルヴァは黙っているように促した。
しかし、その目は笑っていた。まるでこの昔話を楽しんでいるかのように。
『あっ、はじめての人にはあいさつしなきゃ。
はじめまして、ルヴァおにいちゃん』
『ええ、はじめまして。
ところであなたはどうしてここにいるんですか?』
『パパと・・・ここにけんがくにきたの』
『すると、あなたはここに入学するんですね?』
『うん・・・。まだまだだけど・・・』
『そうですかー』
口篭もる彼女を見ながら、不謹慎な話ですが私はわくわくとしていんです。
ずっと、この子を見ていたい。この子を見守りたい。
彼女と再会できることを、その時から楽しみにしていたのですよ。
学園にこの少女が入学すれば、きっとまた会えると確信していたのでね。
それからのことはロザリアもよく覚えている。
ルヴァと名乗った人が自分を父親のところまで連れて行ってくれたのだ。
学園中を歩き回り、彼女が歩き疲れると背負い、最後までロザリアの手を離さなかった。
その人が・・・。
「先輩だったん・・・ですの?」
「はい、ロザリア。また会えて嬉しいですよ」
にこにこと笑いかけるルヴァ。
「えっ、先輩・・・あの・・・」
ロザリアは落ち着くために紅茶を飲み干してしまった。
そして呼吸を整えてから問い掛けた。
「私の秘密をご存知・・・だったんですのね?」
「あー、まあ、そういうことに、なりますよねぇ」
ぽりぽりと頭をかきながら、照れ笑いを浮かべる。
それを見てロザリアは、まるで糸の切れた人形のように、テーブルに突っ伏してしまった。
「ああっ・・・」
今まで必死に隠してきたのは何だったのだろう。
そう思った瞬間、体から一気に力が抜けてしまったのだ。
「ロザリア! ああっ、しっかりしてください!!」
慌ててルヴァが肩に手をかけゆっくりと起こしてやる。
「平気ですわ・・・先輩」
「あっ、あのっ、すみませんね、ロザリア。今まで隠すつもりはなかったんですが」
「いいんですの、先輩。私が隠してきたことですもの」
「そんなにショック・・・だったんでしょうか?」
「それは・・・」
ロザリアはルヴァの手を離れ、席からゆらりと立ち上がる。
「ロザリア! どこへ行くんですか!?」
「・・・外の空気が吸いたいんです。先に出てますわ」
ゆらゆらとふらつきながら店を出てしまうロザリアを見て、ルヴァも慌てて後を追う。
ロザリアは店から数ブロック離れた公園の、ベンチに腰をかけた。
見ればもう空は暗い。きっとジュリアスたちは心配しているだろう。
ロザリアが後をついてこなかったから。
『何て言って謝ろうかしら・・・』
アンジェリークのキンキン声が耳に響くようだ。
「はぁっ、はぁっ、ようやく見つけましたよー、ロザリア」
ルヴァの声がした。ロザリアがゆっくり振り返る。
息を切らせてルヴァがロザリアの横に腰を落とした。
「あー、あなたは足が速いんですねー。見つけるのが大変でしたよ」
「・・・すみません、先輩」
「いえいえ、謝らなくていいんです。私が・・・自己満足な話をしたのですから」
ふっと、ルヴァの声が曇ったようだった。ロザリアは驚いてルヴァの顔を見つめる。
さっきまで楽しげに話していた彼とは違い、反省の色が浮かんでいた。
「私はですね、ロザリア。本当に、あなたに会いたかったんです」
「私に?」
「ええ。・・・あの・・・言うなれば・・・ですね」
「先輩?」
「ああ、すみません。いけませんね、私は。肝心なときに言葉が出なくて」
顔を赤らめたルヴァは一つ大きな深呼吸をした。
そして、真っ直ぐにロザリアを見て、言った。
「あなたのことが、好きなんです」
「・・・えっ」
「ずっと、ずっと前から好きでした。初めて会った、あの日から。
見守っていたいという思いは今も変わりません」
ルヴァは堰が切れたかのようにしゃべり出した。
「私は何度あの出会いに感謝したことでしょう。
迷子になってくれなければ、ロザリアに会うことはありませんでしたから。
あなたはそれを弱点だと思っているようですけど、違いますよ。
私には、大切な思い出なのです。ロザリア、あなたとの初めての思い出」
「ルヴァ先輩・・・」
じっと見つめられ、ロザリアも恥ずかしくて頬を赤らめた。
「きっとあなたなら、ローズコンテストにも出場すると思っていました。
そして、あなたは見事にここまで来てくれました。
きっとロザリアなら優勝することができるでしょう。
・・・私の全てで、あなたを応援しますから」
「ありがとうございます、先輩」
「そして、もしも優勝することができたら・・・私と!」
「ロザリア? ねえ、ロザリアいないの?」
アンジェリークがロザリアの部屋を訪れた。
しかし、中には誰もいない。
「もうっ、またルヴァ先輩とお出かけ?? ぶうっ、私また置いてけぼりぃぃぃ」
ロザリアは学園の図書室でルヴァと一緒にいた。
ルヴァとロザリアの未来を示すかのような暖かな光が窓から差しこみ、二人を包む。
ロザリアが広げていた参考書から目を上げると、ルヴァがこちらを見つめていた。
「明日の本選、頑張ってくださいね」
「うふっ、先輩が教えてくださったからきっと優勝ですわ!」
彼女の勝利宣言とも取れる声が部屋中に響いた。
「ロザリア、その意気ですよ! あー、あなたはやはりこうでなくちゃね」
「はい! それと・・・先輩」
「なんです?」
「優勝しても・・・ ずっと私のことを見ていてくれますか?
私、私、また迷子にならないように、先輩に見ていて欲しいんです」
勢い込んで話すロザリアに目を細めるルヴァ。
「もちろんですよ、ロザリア。そのために、私がいるんですから」
深くうなづきルヴァは、ロザリアの手を取った。
「いつまでも、あなたの手を離したりはしませんよ」
「ルヴァ先輩・・・」
結果はあなたの想像どおり、ロザリアの優勝で幕を閉じました。
Finリクエストを受けて書いたのですが・・・。本当は「ルヴァ×ロザリア」だったのです。
しかし、私の力不足で「ルヴァ先輩」になってしまいましたは・・・たはっ・・・。
いつも自信を持って生きているようなロザリアに、何か欠点があればと思い、
実は迷子グセがあったらおもしろいかな、と思ってしまいました。
優しく見守るルヴァ先輩の眼差しは、これからもロザリアに向けられていることでしょう。