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笑顔を信じて
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聖地のうららかな昼下がり。
リュミエールは琥珀色に輝く紅茶をそっとカップに注いでいた。
目の前にはオリヴィエが座っていたが、彼からはいつもの元気さを感じない。
足を組み、うんざりとしたような顔で、風になびくカーテンを睨みつけていた。
「まったく・・・夢の守護聖様が寝不足だなんて。カッコつかないったらありゃしない」
さっきから何度目かになるだろう、そのセリフを聞くのは。
リュミエールは彼の目の前にすっとカップを差し出した。
「あたたかいものでも飲んだら、少しは気分も落ち着くでしょう?」
「サンキュ、リュミエール」
そう答える口調も重たげだった。
「それで、どんな夢を毎晩見るのです?」
彼がカップに口をつけるのと同じタイミングでリュミエールが尋ねた。
「あー、そうね。なんて言えばいいのかしら・・・」
カップをソーサーに戻すと、こめかみに軽く右手を当てながらゆっくり口を開いた。
「声がするのよ」
「声、ですか?」
「そう。助けて、助けてっていう女の子の声ね」
思い出そうとするように、オリヴィエの視線は窓の外の、もっと遠くに投げられた。
「それはまた、切ない言葉ですね・・・」
「そうなんだよ。でもさ、助けてあげたくっても私にはその子に手が届かないんだよ。
 うーん・・・壁があるって言うのかな? 手を伸ばしてその子に触れたいんだけど、跳ね返されちゃうんだよ」
「跳ね返す?」
「透明な壁・・・心の壁って言うのかな。その中に彼女がしゃがみこんでて」
夢の守護聖は適切な言葉を見つけ出した。
「もう少し、何か手がかりがあればその子を助けてあげる方法も見つかるってのに・・・。
 声と姿だけじゃ、この広い宇宙の中でどうやって見つけだしてあげりゃいいんだか」
途方にくれるようにオリヴィエは溜め息をつき、また一口紅茶を飲んだ。
「その女の子の姿をはっきりおぼえていますか?」
「当たり前だよ。なにしろ毎晩、恋しちゃえそうなぐらい出会ってるんだからさ」
「ちょっと待っていてください」
少し席を外して戻ったリュミエールの手には、スケッチブックとエンピツが握られていた。
「似顔絵を書きましょう。もしかすると私たち守護聖の誰かに縁のある女の子かもしれませんし」
「そうか! とりあえずそこから当たってみることはできるよね☆」
ナイスアイディアだ、と言わんばかりにオリヴィエは指を鳴らし、夢で出会う少女の面差しを語り始めた。
リュミエールはそれを紙に起こしていくのだが、しばらくするとそのエンピツの動きが止まった。
「んっ? どうしたんだい、リュミエール?」
止まった動きに気付いたオリヴィエがリュミエールを見ると、瞳を書き上げたところで彼の顔が蒼くなっていた。
「この少女は・・・ウィステリア!」
「なっ、なに、あんただったの!? あんたの知り合いだったの!?」
思わず前のめりに椅子から立ち上がったオリヴィエがリュミエールに詰め寄った。
「話してよ、リュミエール! そうじゃなきゃ今夜も私の夢に出・る・で・しょ!!!!」
今にも首でも締めんばかりのオリヴィエと対照的に、リュミエールの顔色はもっと悪くなっていた。
「オリヴィエ、まだおぼえていますか? 先週公務で二人で降り立った惑星のこと」
「ええ。草原や木々の緑が綺麗な星だったわよね。ちょうど夏の時期とかで緑の生い茂る季節だったはず」
「ウィステリアはそこで出会った少女です。あなたも少し会ったはずですよ」
「えっ・・・ああっ、あの時の!」

二人は先週、少女ウィステリアの住む惑星に公務で派遣された。
仕事はごく簡単ですぐ終わってしまったのだが、聖地へ戻るまでの短い時間で都を二人で市場を散策していた時。
用心のために羽織っていた上着をリュミエールが暑くなって脱ぎ、それをどこかに忘れてしまって慌てた時があった。
その時に見つけて差し出してくれたのが彼女、ウィステリアだった。

「ああ、確かに彼女だね。そういえば私、すれ違った時にちょっとだけ彼女と肩がぶつかったんだっけ」
「彼女の中の想いにあなたが反応しているのではないでしょうか?」
「たった一回だけの触れ合いだよ? そんなはず・・・」
「それだけ強い想いだったとしたらどうでしょう?」
オリヴィエは押し黙った。
「夢の守護聖の夢に現れ、助けを求めるということは、よほど彼女の心に何かが迫っているのではないでしょうか」
「そう考えるのが妥当だね」
「オリヴィエ? 私たちのすべきことが決まったように思いますが」
「そうだね・・・。私の安眠のためにも、ここは彼女のところにもう一度行くことが必要だね」
はぁーとため息をつくと、オリヴィエは乱れた服装を整えた。
「さあ! 気合いいれていくよ、リュミちゃん!」
「ええ。早速私は女王陛下に聖地を離れるお願いをしてきます」

翌日、二人の姿はウィステリアの住む惑星にあった。
先週と同じく、眩しいばかりの木々の緑に出迎えられて二人は立っていた。
都から数キロ離れるとすぐに農村地帯になった。
この惑星は気候が非常に安定しているせいか、作物の豊かな恵みに満たされている。人の気性にも現れている。
都に住む人間はほんのわずかで、ほとんどは農村を営んでいる家庭が多いらしい。

ウィステリアのことは惑星に着いてすぐに都の役所で調べることができた。
彼女が住む村は都から一番近い農村だった。
彼女の事をもっとよく知るため、二人はウィステリアの戸籍も調べさせてもらった。
すると驚いたことに彼女は、捨て子だったらしい。彼女は養女として今の家族に引き取られた。
両親と妹がいるのだが、それらと血のつながらない関係だったのだ。
だが、役所の事務員はこう言っていた。
「彼女を引き取った両親は、それはそれは彼女を大切に育てている」と。
血がつながらないからといって邪険に扱うことはまったくなく。
むしろ本当の娘同然に、暖かい家庭で彼女は育てられたと。
「私としては何も心配することはないように思えますが。守護聖様はなぜ彼女に会いに来られたのですか?」
事務員が不思議そうに首をかしげる姿が印象的だった。

「それが分からないから、私たちがこうして来ているわけじゃないか」
風にたおやかに流されるマフラーをオリヴィエが手で押さえながらそっとつぶやいた。
「あの家がウィステリアの家だそうです」
挨拶に向かった村長の家で教えてもらい、二三軒離れた所からリュミエールが指を指した。
「ふーん。見たカンジでは、ごくフツーの家ってカンジだけど?
 正面切って乗り込んで、っていうワケにもいかないし・・・とりあえず、様子をみよっか?」
「では、あちらの木陰で少し休みましょう」
そう言って移動しようとした時、村の入り口からにぎやかな声が聞えてきた。ちょうど二人の背中の方角。
思わず振り向いて見ると、学校帰りの女子生徒が四人で笑いながら帰ってきているところだった。
「リュミエール!」
「ええ、間違いありませんね。彼女でしょう」
小声で二人で確認しあう。そう、ウィステリアもまたその笑顔の一つだったのだ。
大きな声を上げて、楽しそうに笑っている女の子たちの風景はどこにでもある、そのものだった。
「・・・ねえ、ほんとにあの子、助けて欲しいって顔してる?」
オリヴィエの美しい眉間に皺が寄った。
「あの笑顔からは想像できないんだけどな・・・」
「でも、あなたの夢に現れるのは彼女なのでしょう? ならば、もっと奥底に何かあるのではないでしょうか?」
リュミエールもまたオリヴィエと同じ疑問を抱いたが。
「もしも、あの笑顔の影に何かあるとしたら?  何を隠しているのかまでは分かりません。
 ですが・・・時に人は、他人に言えないものを押し殺して微笑むときもありますから」
リュミエールの表情が痛々しげだ。それを見てオリヴィエも肩をすくめる。
「そうだね、確かに。私たちはあの子に聞かなきゃいけないね、笑顔の奥に隠しているものを」
オリヴィエがきりっと爪を噛んだ。
ウィステリアはそのまま二人の前を通過すると友人たちに手を振り、家の中に入っていった。

しばらくすると制服から着替えたウィステリアが出てきた。その足取りもまた明るく、軽い印象を受ける。
「近づくよ、リュミエール」 「ええ」

二人はウィステリアに声をかけた。
「ハーイ、こんにちはー☆」
いきなり背後から声を掛けられ、ぎょっとしたように肩をすくめるウィステリア。そしてゆっくりと振り向く。
「こんにちは、私たちのことをおぼえていらっしゃいますか?」
胸に手を置いて挨拶するリュミエールと、軽くウインクしてみせたオリヴィエとを交互に見たウィステリア。
突然長身の男二人に囲まれたのだから、言葉が出てこなくなるのも無理はない。
「申し訳ありません、驚かせてしまったようですね」
かわいそうなことをした、とリュミエールが目を伏せたその時、ウィステリアはその表情で二人のことを思い出したらしい。
「しゅっ、守護聖様!!」
「ビーンゴ! ハイ、正解☆ よくできました!」
指を立ててまたウインクをしてみせるオリヴィエ。だがウィステリアは手を口に当ててそのまま固まってしまった。
「こんな美しい男二人に囲まれて驚いてるのは無理ないけど、ちょーっと話を聴かせてもらってもいいかな?」
「えっ、えっと・・・」
「私たちはね、あんたに会うために聖地からやって来たんだよ?」
「私に、会うため・・・って、どうしてですか?」
「ふっふーん☆ それを私たちも知りたいんだよ。さっ、お話しよっか?」
今まさにウィステリアに腕を伸ばし、肩でも組もうとしたその手をリュミエールがそっと押しとどめた。
「オリヴィエ、その・・・また今度にしませんか?」
テンションの上がったオリヴィエにリュミエールのこの言葉は理解できなかった。
「どーして!? せっかく会えたのに、もうお別れってこと?」
「詳しい話を突然今しても、彼女を混乱させるだけに私は思うのです。ですから・・・」
そう言われてしまうとオリヴィエも続きを話せなくなってしまった。
口を閉じたオリヴィエと交代してリュミエールがそっと、優しく彼女に語りだした。
「名乗るのが遅れまして、大変申し訳ありません。
 私は優しさを司る水の守護聖、リュミエール。先週、あなたに落し物を拾ってもらった者です。
 こちらは美しさをもたらす夢の守護聖、オリヴィエ。
 先ほども申しましたが、私たちはあなたに会うために聖地より参りました」
「ですから、どうしてですか?」
先ほどより少しだけ、ウィステリアの声音が強くなった。
「オリヴィエの夢に毎晩あなたが現れるからです」
「夢に?」
「そう! しかも「助けて」って言うんだよ、あんたがね。それも毎晩!!」
うんざりしたようにオリヴィエが口を挟んだ。
「私たちは、あなたを助けるために聖地より来たのです」
「まさか・・・声が聞えてたなんて・・・」
信じられない、と言いたげなウィステリア。
さきほどと打って変わった様子に、リュミエールが心配になって声をかけようとした瞬間。
「誰にも届くはずない!! 私の気持ちなんて、誰にも!」
突然叫んだウィステリアに二人は驚いてしまい、走り出した彼女を止める間がなかった。
「ウィステリア! 待ってください!」
「だめだよリュミエール! こういう時はね、体使って追いかけるしかないんだよ!」
走るのは得意じゃないんだけどね、と付け足しながら先にオリヴィエは走り出していた。
「ほら、あんたも早く走るんだよ! ・・・って、いつの間にか私を追い抜かしてんじゃん!」
「待ってください、ウィステリア!」
あっという間に追い抜かれ、先を走るリュミエールの背中に叫んだ。
「ちょ、ちょっとあんたのリミッターも外れちゃってんじゃないの?
 もうすぐ夕暮れになって夜が来る、そうしたら見つけられないからあんたはそのまま走って追いかけて!」
「分かりました」
「私は先に家の前で待ってるよ。もしかすると戻ってくるかもしれないし。
 ・・・って聞えてるーっ、おーーーい!! リュミエ〜ル〜ー???」

オリヴィエの言う通り、あたりはだんだんと茜色に染められてきた。
太陽は西に傾き、地平線に沈もうと急いで降りてきているようだ。
リュミエールは必死になってウィステリアの後を走っていた。なかなか彼女の足は速い。
だが、最後はリュミエールの方が体力で勝っていた。
村はずれの水車小屋まで着いた時、ウィステリアの足がもつれてしまったのだ。
そのまま前のめりに勢いよく彼女が転ぶ。
「きゃあっ!!」
砂埃をあげて彼女の体が倒れた。その少し後をリュミエールが真っ青になって駆けつけた。
「だっ、大丈夫ですか。ケガは?」
見ればスカートから伸びる膝をすりむいたらしく、じんわりと左の膝から血がにじんできていた。
彼女をゆっくりと立ち上がらせ支えてやり、小屋の壁に背中を預けるように今度は座らせた。
痛みで顔を歪めるウィステリアから言葉はない。口を真一文字に引き結んでいる。
リュミエールは上着のポケットからハンカチを取り出すと小川の水で湿らせ、
そっと彼女の膝をきれいに拭ってやった。
その間ずっと痛むのだろうに、彼女からは声一つ漏れることはなかった。
膝はただすりむいただけらしく、ハンカチをあてがっていれば問題なさそうだ。
リュミエールはそのまま、彼女の膝にハンカチの上から手を置いていた。
気まずそうにウィステリアはリュミエールの座る左側と逆を向いている。
リュミエールもまた、彼女の沈黙を守って何も語らずにいた。

あたりはあっという間に夜の闇に包まれた。
農村に街灯などない。星の明かりだけがあたりを静かに照らしている。
あれからもう一度リュミエールはハンカチをゆすいで膝にあてがい、それからもまたずっと黙っていた。
ウィステリアは夜空の星を見上げるばかりで、何も語らなかった。
このままではらちがあかない。そう思って仕方なくリュミエールから口を開こうと思った時だった。
彼女の方から語りだした。

「守護聖様って、何でも分かるんですか?」
「えっ?」
星を見上げたままウィステリアは言った。
意外な質問にリュミエールはどきっとしたが、すぐに、いいえ、と答えた。
「でも・・・私の声が聞えたっておっしゃってましたよね?」
「ええ、それはオリヴィエの方ですが。彼は夢の守護聖です、人々に美しさをもたらす夢を司っています。
 私には分かりませんがもしかすると、彼の司る力によって、あなたの声がオリヴィエだけに聞えたのかもしれません」
「そうなんですか・・・。守護聖様だからって、何でも分かるってわけじゃないんですね」
彼女は星からリュミエールへと視線を移して、はっとしたように息を呑んだ。
なんとなくリュミエールの周りだけ光がきらめいているように見えたからだが、それもたった一瞬だけのこと。
自分の目の錯覚かと思い、その発見は口にすることはなかった。
「あなたは何から助けられたいのですか、ウィステリア?」
珍しくリュミエールは、思ったことを率直に聞いてみた。
「私が助けられたいのは・・・。不確定な未来から、でしょうか」
「不確定な未来? ・・・申し訳ありませんが、分かるように説明していただいてもよろしいですか?」
未来は等しく不確定なもの。それなのに彼女は何を恐れているのだろうか。
リュミエールは気になった。ウィステリアは少しの沈黙の後に口を開いた。
「私、あの家の養女なんです。生まれてすぐに家の前に置き去りにされていたそうです。
 両親はそのことを私が物心ついたと時に率直に話してくれました。
 はっきり言ってショックでした。・・・いいえ、本当は良かったことなのかもしれませんが。
 でも、幼い私には強すぎた衝撃だったんです。自分が今まで信じてきた両親は、本当の家族ではないと」
ウィステリアは地面に目を落とした。
「それから・・・私は両親を信じることができなくなったんです。心の底からは」
「失礼ですが私たちはあなたに会う前に役所に寄り、あなたについて聞くことができました。
 しかし役所の方は口々に、あなたのご家族とあなたならば問題なくやっていると言っていましたよ?」
「表向きはそうでしょうね、きっと。私もそうあるように努力していますから。
 誰かが悲しむのはイヤなんです、見ていてつらくなるから。だから両親に反抗することもないですし。
 自分がつらいのは、自分が我慢すればいいだけだから。・・・でも」
続けようとしたのだが、ウィステリアは口をつぐんでしまった。
まるで胸が痛むように、握ったこぶしを胸に当て。その様子は薄暗い夜の闇の中でも、はっきりと分かった。
次の言葉を口から出すことを、まるで恐れているようにリュミエールには見えた。
だからリュミエールも何も言わず、ただ、彼女から真実の言葉が出ることを待っていた。
「私、怖いんです。本当は・・・本当は、怖いんです」
「何が怖いのですか?」
「私は一人ぼっちなんです。それでいつか・・・家族に捨てられるのではないかって・・・」
ウィステリアは両腕で自分を抱きしめた。
「人は誰でも、自分に余裕がある時は他人にも親切にできるんです。
 でも・・・。でも、自分に余裕がなくなった時は、自分に無関係なものから切り捨てていくんです。
 だから私は・・・人の笑顔が怖いんです」
「ウィステリア! なっ、何を言うのですか、そんな」
「違いますか、リュミエール様!?」
ウィステリアの強い言葉に遮られ、リュミエールは続きを言えなかった。
「あなたは色んな星で色んな人間を見てこられたはずでしょ? なら、私よりもっとよくご存知なはずです。
 自分が苦しい目にあった時、人は、今まで親切にしていたとしても豹変するんだってことを。
 私の両親も自分や家に何かがあれば、本当に血の繋がらない私なんて捨てるんだわ、きっと」
「いけません、ウィステリア!」
ウィステリアははっとした。
今までたおやかだったリュミエールの声に鋭さがあったからだ。そして、少し震えていた。
「やめてください、ウィステリア。そんな・・・そんな悲しいことを言わないで下さい」
悲しげに水の守護聖は瞼を閉じた。
「なぜあなたは信じてあげないのですか、愛に溢れた家族を」
「だって、私は!」
「血の繋がらない家族だから、あなたはいつか捨てられると思っているのですか?
 それは違います、ウィステリア。よく目を開いて見てください。あなたの今を。
 恐れるべくは未来ではなく、あなたのその、心であるということを」
「心?」
「あなたは知っているはずです。あなたが今まで受けてきたご両親の愛情を。それから目を背けてはいけません」
リュミエールの声は再び、優しいものに戻っていた。
そっとハンカチから手を退け、ぎゅっと硬く組んでいたウィステリアの腕をそっと解き、
そしてその白い両手をリュミエールの大きな手が包み込んだ。
「私から提案なのですが、よろしければ聞いていただけませんか?」
「提案?」
「はい。差し出がましいようですが、よろしければ?」
あくまで控えめな水の守護聖は、ウィステリアの瞳をじっと見た。その瞳は肯定の返事を返してきている。
「もしもこれから先にご家族が窮地に陥られた時は、あなたが助けてあげられてはどうでしょう?
 今まで受けてきた愛情を力に変えて、あなたがご両親を支えてあげるというのはどうでしょうか?」
「わ、私が支える?」
「そうです。今まで受けてきたご両親の暖かい気持ち、あなたなら感じているはずです。
 もちろん、そのような悲しい出来事が何も起こらないことが一番良いのですが、でも。
 もし万が一、あなたのご両親に何か不幸な事が起きた場合は、あなたが今度はご両親をお助けするのです」
「私が、助ける・・・」
「あなたならできるはずです、ウィステリア。私は、あなたの笑顔は本物だと信じているのですから」
リュミエールの脳裏によみがえっているのは、昼間彼女が見せていた明るい笑顔のことだった。
だからこそ、リュミエールは自信を持って提案できた。
「人は誰でも、他人に言えない気持ちの一つや二つはあります。もちろん、私にも」
「守護聖様でも?」
「ええ、もちろん。ですがそれでも微笑むことができるのは、
 否定的な気持ちに勝る喜びをその時に感じているからではないでしょうか」
「それに勝る、喜び?」
「否定的な部分にばかり目を向けてはいけません、ウィステリア。
 どんなに周りが明るい光を投げかけてくれても、あなたの目が暗闇ばかり見ていては心には届かないでしょう。
 瞳から入る光を、あなたは微笑みという力に変えることができるはずです。
 そしてあなたの微笑みは、あなたの周囲の力になるのです。さあ、あなたにも聞えるでしょう?」
「えっ?」
「不確定な未来を恐れ、暗闇にとらわれてはいけません。あなたには今、大切な家族という光があるのですから」
そう言ってリュミエールが微笑むと、ウィステリアの耳にも確かにその声が聞えてきた。

「ウィステリアー、どこにいるんだーっ!!」
「どこにいるの、返事をしてーっ! 早く帰ってきて、お願いっ!」
「お姉ちゃーん! 暗いところは危ないよー、早く出てきてー!」

「お父さん、お母さん、マーガレット・・・」

自分を探す呼び声に、ウィステリアも気がついた。
「熱心に探されているようですよ、ご家族が」
にこりと微笑むとリュミエールは立ち上がり、そしてそっと、ウィステリアに手を差し伸べた。
「立ち上がれますか?」
「はい」
ウィステリアがその手をつかむと、リュミエールは痛む膝を気遣って立ち上がらせてくれた。
「私にはあなたがとてもうらやましいですよ」
「えっ?」
家族の声がする方向を向いてリュミエールがそっと言った。
「私は守護聖となり、家族から離れることになってしまいました。
 ですからこうして今もご家族と一緒にいられるあなたがうらやましい。でも」
闇に向かってリュミエールは目を細めた。
「私の心には、いつも、故郷の惑星にいる家族の笑顔があります。
 目を閉じればいつだって、家族のやさしい笑顔が浮かんできます。
 想いを馳せれば声だって聞えてくる。懐かしい、私を呼ぶ声がいつだって。
 その懐かしい思い出はすべて、今の私を支える力となってくれているのです」
「リュミエール様・・・」
「信じるのです、ウィステリア。あなたを包む優しさが永遠だということを」
そしてウィステリアを見ようとした、その時だった。
リュミエールははっとした。
ウィステリアが自分の背中に腕を回し、そっと抱きしめていたからだ。
こめられた腕の力からリュミエールは感謝の気持ちを感じ取っていた。
そしてリュミエールもまた、彼女の気持ちに答えるように優しく彼女の髪を撫でていた。
「ありがとうございます、リュミエール様」

「ハーイ☆ おっはよー、リュミエール♪」
朝露を浴びたテラスのハーブを丁寧に摘み取っていると、
オリヴィエが踊るような足取りでこちらにやってくるのが見えた。
「おはよう、オリヴィエ」
「うーん、今朝もいい天気だねぇ。真っ青な空が眩しいぐらいだ☆ねっ?」
「本当に。あなたもよく眠れたようですね?」
「えーっ、分っかるぅ〜??」
にやにやと笑いながらオリヴィエが言った。
「そんなこと言ってないのに、なんで分かっちゃうかなー、もぉー☆」
おどけるオリヴィエにリュミエールがふふっと笑った。
「あなたのその笑顔を見れば分かりますよ。私はこれから朝食なのですが、一緒にどうですか?」
「食べる、食べる!! 私もまだ食べてないんだよ、お腹ぺっこぺこ」
「それでは、摘みたてのハーブでサラダを作りましょう。綺麗な緑のハーブでね」
「よ・ろ・し・く! それじゃお邪魔させてもらうよ」

あれからオリヴィエはウィステリアを夢に見ることはなくなった。
幸せな彼女の微笑みもまた、夢に見ることはできないけれども。
でも。
オリヴィエとリュミエールは確信していた。
別れる最後まで彼女が見せていた、あの心からの笑顔は今も変わらないであろうと。

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ええもぉ、久しぶりに創作を書きました。
オフラインでも大変お世話になっている真さんへ、HPの開設祝いに送りつけた創作です。
こちらもまたリクエストを聞いたはいいのですが、こちらは大変でした・・・。
どんなリクエストだったかはここでは明かしませんが、オリキャラって大変です。作家さん方はすごいです!
どんな感じでウィステリアちゃんが動いてくれるのかがなかなかつかめず。
彼女が何に悩んでいるのかを想定づけるのに一番時間がかかりました。
でも書き進んでいったらなかなかにいい味が出てません?