「ジュリアスよ。今日はおまえに会わせたい者がいる」
そう言って先輩の守護聖はジュリアスを女王謁見の間に連れて来させた。
ジュリアスは知っていた。会う前からもう知っていたのだ。
今日は、新しい闇の守護聖が来るのだから。
聞けば、自分の同い年らしい。
自分も幼くして守護聖に任じられたが、同じように守護聖に任じられる者がいる。
初めてそれを聞かされたとき、非常に複雑だった。
これから会う者も、私と同じ気持ちでいてくれるだろうか。
私と同じ気持ちを、抱いているのだろうか。
そんな疑問が心の中で渦巻いた。
「ジュリアス、こちらが新しい闇の守護聖、クラヴィスだ」
「よろしく、クラヴィス。私はジュリアスだ」
「・・・よろしく」
黒髪の少年は、細身の体と同じぐらい蚊の泣くような小さな声で答える。
顔色も悪そうだ。血色の悪い、青白い頬をしている。
ジュリアスの差し出した手を、クラヴィスは自信なさげに握り返してくる。
全体的に覇気がない。
どこか、憂いに沈んでいる。
第一印象からして、自分とはなんと対照的なのだろうと感じた。
だが、そんなことをあからさまに口にするほど自分は子供ではない。
これからクラヴィスも自分と同じく、立派な守護聖になるよう目指せばいいのだ。
そう。自分と同じ道を歩めばいいのだ。
次の日。ジュリアスは執務を取りやめてクラヴィスのもとに行った。
慣れない生活で戸惑うことも多いだろう。
自分がクラヴィスに聖地での生活を教えるように言われている。
先輩として、教えられることはすべて教えよう。
そう思い、足取りも軽く闇の守護聖の館に行き、意気揚揚とクラヴィスの部屋をノックする。
「おはよう、クラヴィス。昨晩は眠れ・・・」
勢いよくドアを開け、元気良く挨拶をしたのだが。
明るい声が口の中でしぼんだ。
ドアを開けて驚いた。
カーテンも開けていない薄暗い部屋の窓際に、クラヴィスが、
壁に背中を預けて座り込んでいたからだ。
まるで、糸の切れた人形のように。
虚ろな眼差しは宙を泳いでいたが、ジュリアスの呼びかけで意識は地上に降りてくる。
「・・・あっ、ジュリアス」
小さな小さな声が驚きの声が、クラヴィスの口から漏れ聞こえた。
「どうしたのだ、クラヴィス。着替えてないのか?」
心配になってジュリアスはクラヴィスのそばに駆け寄る。
「朝食は食べたのか?」
「ううん・・・」
「どうした? 具合でも悪いのか?」
「ううん・・・」
ぺたんとクラヴィスの額に手を当ててみるが、熱はないようだ。
目が闇に慣れてきた時ジュリアスは、
クラヴィスが昨日会った時と同じ服装をしているのに気づいた。
「髪がぼさぼさだな。風呂はどうした?」
「入ってない・・・」
「陛下がおまえのために用意して下さった服を着ないのか!?」
「・・・うん」
所在なげに手をもじもじさせながら、クラヴィスは口篭もるように答える。
その様子を見てジュリアスには、なんとなく陛下たちを馬鹿にしているように思えてしまった。
「だめだ、クラヴィス。やはり着替えなければならない。
せっかく陛下がおまえに似合うように用意してくださったのだぞ」
「でも・・・」
「言い訳はいい!! とにかく、着替えれば気持ちも改まる」
「・・・改めてどうするの?」
「・・・はぁっ!?」
普段上げないような、すっとんきょうな声を上げてしまった自分に赤面する。
「沈んだ気持ちのままでは、いつまでたっても自分を向上できないぞ。
気分を改める何かきっかけがあれば、次への足がかりになるんだ」
「・・・僕は向上しなくていい」
「何を言っているんだ、クラヴィス!」
思わず声を荒げてしまう。
そんな馬鹿馬鹿しいことがあってはいけない。
「私たちは女王陛下に仕える守護聖だ! サクリアを持ち、宇宙のために生きる。
それが守護聖だろう。守護聖が停滞していて良いわけがない」
ジュリアスはむんずとクラヴィスの腕を取った。
「今日はおまえをいい所に連れて行ってやる。来い!」
クラヴィスを引きずるように立ち上がらせると、
ジュリアスはクラヴィスの腕を掴んだまま走った。
「はあっ、はあっ。ジュリアス、どっ、どこへ連れて行くの?」
「いいから、黙ってついて来い!」
息を切らせながら、ジュリアスが目指したのは丘の上。
そこからは聖地の全てが見渡せられる。
陛下のいらっしゃる宮殿、守護聖の館。森や湖や、すべてが一望できる丘。
そこまで来てようやくジュリアスはクラヴィスの腕を放した。
二人とも息が上がっている。肩で激しく息をしている。
「はあっ、はあっ、はあっ」
「どっ、どうだ、クラヴィス。この景色を、見てみろ」
ジュリアスは眼窩に広がる景色に腕を広げた。クラヴィスもそちらを見る。
「これらはすべて、陛下のお力が安定しているからこそ保たれている。
陛下が私たちのサクリアを調和よく導いてくれるからこそ、だ。
私たちは宇宙を支えている存在。そして、陛下をお守りしている。
なんと素晴らしく、名誉あることだろう。クラヴィスもそう思わないか?」
一気にしゃべってからクラヴィスを振り返る。
しかしクラヴィスはジュリアスから視線をそらし、うつむいた。
「どうした。ここまで一気に走って来たから疲れたか?」
「ううん、違う」
煮え切らないクラヴィスの態度に、ジュリアスはまたも神経が逆なでされるような気分がした。
興奮して声が高くなる。
「ではなんなのだ。おまえは何も語らないではないか! それでは私は分からない」
「・・・」
「おまえをもっと知りたいのだ、クラヴィス。
年の一番近いおまえだからこそ、おまえと私は親しくならなければならない。
それに、私もそれを望んでいるから」
「親しく?」
「そうだ」
「・・・でも、ここにはお母さんがいない」
ぽつりとつぶやきが漏れた。
その言葉に、ジュリアスの胸もずきんと痛んだ。
「聖地と外では時間の流れも違うから、僕が生きていても、お母さんは死んじゃうんだ」
「・・・そのとおりだ」
そのジュリアスの肯定の返事を聞くや否や、クラヴィスはやおら口を開いた。
「ジュリアスは何とも思わないの? 僕はいやだよ! 僕は帰りたいよ!
守護聖なんてなりたくない。サクリアなんて知らない。僕を帰してよ・・・」
訴えるような語調。初めて見せた激しい変化。ジュリアスは面食らう。
「この服は、お母さんが選んでくれたんだ。だから脱ぎたくないんだ。
女王様が選んでくれた服よりも、僕はお母さんが着せてくれたこの服の方が大切なんだ!」
きっとジュリアスを睨みつけるクラヴィスの瞳には涙が潤んでいた。
その涙を見て、ジュリアスも一瞬次の言葉をためらった。
だが、ためらったのは本当に一瞬。
ジュリアスはいつもの通り、穏やかで、冷静な表情をしている。
「私は・・・ 光の守護聖だ。私の他につとまる者はいない。代わりはいない。
クラヴィス、おまえもだ。おまえは私と対極の力、闇を司る者。
おまえがいなければ、私の力は強く輝かない。
光あるところに闇は必ずある。闇があるからこそ、光の明るさを知る」
手を伸ばし、ジュリアスはクラヴィスの肩をぐっと掴む。
そして、まっすぐにじっとクラヴィスの瞳を射抜くように見つめた。
「おまえと私は、これから陛下をお守りする両翼となるのだ」
言い聞かせるようにゆっくりと、ジュリアスはクラヴィスに告げた。
「両翼・・・」
「そうだ。鳥は片方の翼だけでは飛べない。あの神鳥だってそうだ。
だから、私とクラヴィスと左右から陛下をお守りしよう。
おまえの存在は、それほど大切なのだ」
「宇宙にとって?」
「それだけではない。私のためにも、だ」
ジュリアスはクラヴィスの手を取った。
「今ここで誓おう。もしもおまえが寂しいのならば、私はおまえの母になろう。
私はおまえの友だ。仲間でもあり、兄弟でもある。何にでもなろう。
守護聖とは、それほどまでにつながりの深いものであるという事を覚えておけ」
「・・・ジュリアス」
呼びかけたまま次の言葉が出ず、クラヴィスはうつむいてしまう。
「どうした、クラヴィス。返事を聞かせてくれ」
促すジュリアスの呼びかけにクラヴィスは、にじんだ涙を手の甲で拭い、
それからゆっくりと顔を上げる。
その顔は、先ほどとは打って変わったものだった。
生気を失ったような蒼白だった顔色が、一瞬にして温かみのある頬になっている。
瞳にも力を感じる。じっと見つめるジュリアスを、クラヴィスもまた見つめ返している。
「分かったよ、ジュリアス。僕はここにいる。
君の言った言葉を信じるよ。そして、二人で女王陛下のためにがんばるよ」
そう言って、ジュリアスの手を力強く握り返した。
「私たちは仲間だ、クラヴィス」
「一緒にがんばろうね」
二人は目を合わせ微笑みあい、いつしかそれは明るい大きな笑い声と変わっていった。
少年たちの爽やかで明るい笑顔と笑い声は、聖地の青い空へと消えていく。
いつか二人が真に支えあい、励ましあうその日のために。
だから今は二人で笑いあおう。
今は多くを失ったとしても、得るものも大きいことを彼らはこれから知ることになるのだから。
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