いつまでも

空は晴れ、窓からは明るい日差しが差し込んでいる。
その日差しよりもまぶしい、見事な輝きを放つ黄金がいる。
まだ幼さの残る顔立ちの彼は、光の守護聖。
彼こそが「光」だから、輝くのは当然といえば当然。
ジュリアスは机に向かいながら、いつものように執務をこなしている。
・・・かのように見えたが。
彼を取り巻く人々は分かっていた。
なんとなく、今日のジュリアスはどこか、そわそわしている。
落ち着きなく目は動き、何度も柱時計の針を見て時間を確かめ、
書類はもうないかと何度も確かめる。
いつもなら、年齢不相応なほどに落ち着いているはずのジュリアスが。
なぜか今日に限っては、落ち着きがない。

どこか所在なげにペンを動かしながら、ジュリアスは今日は何度目かの問いをかけた。
「これですべて終わったのか?」
「いえ、ジュリアス様。女王陛下が提出を急がれていますレポートがありますが」
「・・・陛下のレポートか」
珍しいほどに暗い声が返ってきた。しかもちょっとため息混じり。
「ジュリアス様、どうされたのです?」
誇りある職務。ジュリアスは守護聖の任を常々そう口にしている。
他ならぬ女王陛下の求められるレポートなのだから、
今すぐにでも取り掛かってもおかしくない・・・はずなのだが。
渡されたレポート用紙に向かい、重々しく手を動かそうとした、その時。

ぼーん ぼーん ぼーん・・・

柱時計が時を告げた。
それを聞くや否や、ジュリアスは勢いよく顔を上げて立ち上がった。
「ジュ、ジュリアス様!?」
「すまぬが今日の執務はこれで中止だ」
そう一言告げると慌てたように執務室を出ようと走り出した。
「お待ちください、ジュリアス・・・様?」
しかしジュリアスの駆け出した足は静止にも止まらなかった。

廊下に出ると、走っていた足を少し遅めて早歩き程度にする。
すれ違う人々が自分に会釈をするので、ジュリアスもまた優雅に会釈を返す。
やはり守護聖たるもの、いつでも落ち着いていなければならない。
その姿勢はいつでも崩したくなかった。
しかし、内心は穏やかではない。
今にも走り出したい、その気持ちを抑えるのにジュリアスは必死だった。

廊下が途切れ、外へ続く扉を力いっぱい開ける。

眩しいほどの太陽光が目を射た。
香る緑がジュリアスを誘う。
心躍らせながら、ジュリアスは再び走り出した。

それからずっと走りつづけ、ジュリアスは森の中へと入っていった。
「クラヴィス!!どこにいるのだ?」
鳥の声も聞こえない、静かで暗い森の中へジュリアスは力いっぱい叫んだ。
しかし姿が見えない。
待ち合わせたはずの場所にクラヴィスがいなかったのだ。
手を口に当てて再び大きく息を吸い込む。
「クラヴィス!!」
「ここだよ、ジュリアス」
少し右のほうからクラヴィスの声がした。

がさがさっ

茂みの中からクラヴィスの頭がひょっこりと出てきた。
ジュリアスの顔を見るや、くすくすと笑うクラヴィス。
「そんなに慌てなくても、僕はここにいるのに」
「クラヴィス、隠れていたのか!?」
「ふふふっ。だって、ジュリアスがあんまり慌ててるんだもん。おかしくて。
 あんまり慌てて走ると転ぶよ」
「なっ!! ひっ、ひどいぞ、クラヴィス!!」
顔を真っ赤にして怒るジュリアスを見て、ますますクラヴィスはおかしくなった。
「ジュリアスを見ていると飽きなくていいね。表情の変化がおもしろいから」
腹を抱えて笑うクラヴィスに、ジュリアスは悔しくなって唇をきっと噛んだ。
「そんなことよりも。今日はおまえの秘密の場所に連れて行ってくれるという約束だったはずだ」
「そうだよ、だから待ち合わせしたんじゃない」
「しかし、見るにおまえは私よりも早く着いていたように思うが・・・。
 もしやクラヴィス、執務を怠ったのか!?」
まさかと思って尋ねたが、やはりそのようだったらしい。
クラヴィスは答えるそぶりもなく、くるりとジュリアスに背中を向けてしまった。
「さあ、行こう。こっちだよ」
「待て、クラヴィス! はぐらかしたな!? 私の質問に答えないのか!?」
「答えなくても分かってるくせに」
「・・・もういい!!」
ジュリアスは一つ大きなためいきをついてから、クラヴィスの後についていった。

二人はともに7つの年を数えた年齢である。
若年とはいえ、守護聖としてその身にサクリアを蓄えるもの同士。
ジュリアスは光、クラヴィスは闇。
共に相反する力を司っているが、年齢の近い者の少ない聖地で二人は何をするでも一緒だった。
後から聖地に召されたクラヴィスのために、ジュリアスは色々な事を教えた。
だから、まるでクラヴィスの『兄』のような気分だった。
実際、聖地に来たばかりのクラヴィスは、どこへ行くでもジュリアスの後をついていった。

しかし最近ではいつもこうして笑われる。
『あの頃は本当にかわいかったのに・・・』
そう思う時も多々あるほど。
いたって真面目に、自分としては自然に振舞っているのに。
一生懸命さを笑われているようで悔しくて仕方ないのだが、どうしても憎めない。
どうしても、クラヴィスから離れられない。
だから今日もこうして一緒にいるのだ。

今日は、クラヴィスの見つけたとっておきの場所とやらに連れて行ってもらう約束だった。
聖地の中では先輩のジュリアスだが、彼にも知らない場所も多かった。
たまにこうしてクラヴィスに連れられて冒険することがある。

「今日連れて行くのは、僕のお昼寝ポイントだよ」
「お昼寝ポイント!?」
「そう」
またジュリアスはがっくりと肩を落とした。

クラヴィスは安らぎを司る『闇』の守護聖。
だからと言うのかは分からないが。
よく寝るのだ。
どこでもかしこでも。下手をすれば女王陛下の謁見の最中にも。
謁見の間で長い説明やレポートなどが読み上げられると、きまって眠りこけている。
後で決まってジュリアスが内容を教えてやるのだが。
この前は補佐官の主催する茶会の最中に眠っていたらしい。
隣に座るジュリアスが冷や冷やしたほど、クラヴィスはすやすやと眠っていた。

「あの時は助かったよ、ジュリアス。
 せっかくのお招きに寝ていたなんて知られたら、後で怒られちゃうからね」
「・・・実際寝ていたではないか」
「あはは。うん。よく寝たよ」
あっけらかんとしているクラヴィスに、何回肝を冷やされたか分からない。
「陛下も同席しておられたのに、よく眠れるものだ」
呆れ果ててジュリアスは、いつからかクラヴィスのこの眠るクセを気にしないことにした。
「これからもよろしくね」
「頼まれたくない!!」
「あっ、ついたよ。あそこだ」
ジュリアスの拒絶など聞いていないクラヴィスが指差した場所。
茂みを通って抜けたそこは、少し開けた場所だった。

陛下の恵みを受けた聖地の森の木々は、立派な葉を蓄えており、
さながら自然の屋根のようになって陽光が入らず薄暗いのだが、
その開けた場所だけはまるで、スポットライトが当たっているかのように光が差し込んでいる。
自然に出来た天井を見上げてジュリアスは納得した。

「なるほど、あの部分だけがぽっかりと穴の開いたように、葉がなくなっているからか」
「あそこで日向ぼっこをすると、あったかくて自然と眠たくなるんだ」
「日向ぼっこか・・・」
「あれっ? もしかしてジュリアス、日向ぼっこってしたことないの?」
「なっ、何を言う! 日向ぼっこは知っているぞ」
「そう、なら良かった」
クラヴィスはおもむろにジュリアスの手を取った。
「行こう」

クラヴィスの言ったとおり。日の当たるその場所はぽかぽかとして気持ちがいい。
まるで自分が布団になった気分だ。
日光を体全体に浴び、ふかふかと心地が良くなる。
自分の体が大きく広がるような、そんな錯覚も覚える。
目を閉じてジュリアスは太陽の大いなる光を体一杯で受け止めた。
「ジュリアス、おなかすいてない?」
目を開けるとクラヴィスが何かを差し出していた。
「サンドイッチ作ってもらったんだ」
「うまそうだな、クラヴィス。もらっていいのか?」
「いいけど、ジュリアス。ナイフもフォークもないけどいいの?」
いたずらっぽくクラヴィスが目を細めた。
常日頃から礼儀や作法を重んじるジュリアスに、手づかみで食べろと言っているのだ。
ある意味挑発ではあったが、しかし。
ジュリアスは構わず、クラヴィスの手からサンドイッチを受け取るとがぶりと頬張った。
「自然の中で食べるならば、こういったスタイルも悪くない」
「へぇー、そうなんだ。それじゃ僕も食べよう」
そう言うと自分もサンドイッチを手に取り、むしゃむしゃと食べた。
具はいたってオーソドックス。野菜とハムのみ。
しかし、自然の中で食べればそれもご馳走になる。
頬張ると口一杯に広がる豊かな香りが鼻に抜け、いっそう心を開放的にしてくれる。

最後の一切れを飲み込むとジュリアスが口を開いた。
「クラヴィス、ここはなんと気持ちがいいのだろうな」
「だって、僕が見つけた最高の場所だよ。当たり前じゃない」
「ははっ。そうだったな。おまえはこういう場所を見つけるのが上手いな。
 うらやましい特技だ。さすが安らぎを司る守護聖だな」
「僕だって、ジュリアスのようにてきぱき仕事がこなせたらって思う時があるよ」
「ほう。クラヴィスが私をうらやましがるとは」
「そうすれば少しでも自分の時間ができるから。執務ばっかりなんてイヤだし。
 お昼寝の時間がもっと長くなるといいな」
「・・・結局はそういう理由なのか」
かくっと首が折れたジュリアス。
「あ、そうだ。ジュリアスって花輪作れる?」
「花輪?」
クラヴィスは地面に生える小さな草花を摘んで、器用に編み始めた。
「ほら、こういうものだよ」
あっという間に冠ができ、それをジュリアスの頭の上に乗せてやる。
「あははっ、似合うよ、ジュリアス」
「似合うのになぜ笑うんだ!」
「だって、かわいいんだもん。まるで童話のお姫様みたいだ」
「なぜ王子と言ってくれぬのだ!?」
「だって、金色の長い髪の毛なんだもん。お姫様ってやっぱりそういうスタイルだし」
「くっ・・・」
反論できなかった。
確かにジュリアスの思い描くお姫様は、
自分のような豊かな金色の長い髪の毛の持ち主だからだ。
「笑うのはともかく、ありがとうクラヴィス。私にはこのようなものは作れないから」
「花輪はね、ここに来る前に教えてくれた人がいるんだよ」
笑いが止まり、クラヴィスの目線が少し遠くを見た。
「・・・大切な人から教わったんだ」
それが誰とははっきり言わないが、こういう視線をするクラヴィスが頭の中で
誰を想っているのかジュリアスは知っていた。
「うらやましいぞ、クラヴィス」
「えっ?」
驚いてクラヴィスがジュリアスを見つめる。
「私には、こういうことを教えてくれる人はいなかった。
 私の知っていることは、守護聖たる生き方。誇りある職務のための勉強。
 それもまた素晴らしいが、人生を豊かにするにはクラヴィスのように
 花輪の作り方を知っている方が良いこともあるかもしれない」
「ジュリアス・・・」
「習ったときのこと、一生忘れるなよ」
「うん。あ、でもね」
「なんだ?」
「まだ人生を語るには早すぎると思うよ、僕たち」
「・・・それもそうだな」
話の腰を折られてがっかりしたジュリアスだが、
そんな自分を見て笑っているクラヴィスの笑顔でほっとする。

お腹が一杯になると、なんとなく瞼が重たくなってきた。
「・・・ふわぁぁぁぁ」
不意に大きなあくびが口から出た。
無作法に大きな口をあけてしまったことに、ジュリアスははっとする。
「いいよ、気にしなくても。ここには僕しかいないし」
「そっ、そうだな」
「あんまりさ、頑張り過ぎなくてもいいと思うよ、ジュリアス」
自分の分の花輪を作りながらクラヴィスがしみじみと言った。
「僕も手伝うからさ、一人で頑張り過ぎないでよ」
「しかし、私は守護聖の首座。今はまだ半人前と言われるが、
いつかは一人前の守護聖となって、立派に首座を務めるんだ」
「でもさ、僕もいるんだよ。僕も頑張るから」
そう言ってにこりと微笑んでみせた。
「ジュリアスが言ってくれたんだよ。僕たちが、女王陛下をお守りする両翼になるんだって」

そう。
クラヴィスが聖地に召されてまだ間もない頃。
光と闇の守護聖として、右と左の両側から共に女王をお守りしようとジュリアスが言ったのだ。

手を組んで、ちょっと体を前後に揺らしながら、クラヴィスが言う。
「僕ね、嬉しかったんだ。
 僕より先輩のジュリアスに、一緒にって誘ってもらえたことが」
「そうだったのか? クラヴィスは何も言わなかったではないか」
「それは、はっ、恥ずかしかったんだよ」
ほんのりと顔を赤らめるクラヴィス。
その顔を見て、今度はジュリアスがぷっと吹き出してしまった。
「クッ。なんだ、クラヴィスも恥ずかしがることがあるのか」
「!! ひどいよ、その言い方は」
「怒るな、クラヴィス。いつも私を笑っているのだから、たまには私が笑っても良いではないか」
そして、ジュリアスはすっくと立ち上がるとクラヴィスの前に立ち、
真っ直ぐに手を差し伸べる。
「クラヴィス。私たちが女王陛下をお守りしよう。宇宙を支える、光と闇の守護聖として」
その手をクラヴィスがぎゅっと握る。
「いつまでも、一緒に」

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あれから幾年の時が過ぎただろう。

「とうとう明日になりましたねー」
廊下を歩く二人の青年。一人は知恵を司る「地」の守護聖ルヴァ。
彼の歩みはのんびりと、だがもう一人の青年の速度にはしっかりとついていっている。
「ああ。女王試験が始まるのだな」
黄金の髪を豊かになびかせ、颯爽と歩くのはジュリアス。
「これで女王試験を見守るのは2回目だな」
立派に成長した彼は明日から始まる女王試験に思いをはせていた。
「あっ。あそこにいるのはクラヴィスですよ。クラヴィスー、あなたも呼ばれていたのですねー」
廊下の先にいるのは、やはり長身の青年クラヴィス。
壁に背を持たれかけ、二人の到着をまるで待っていたかのようだ。
「珍しいな、そなたの方が先に到着しているとはな」
「フッ」
それ以外何も語ることはなく、三人は肩を並べて廊下の突き当たりの扉を開けた。
「陛下、お呼びでしょうか」

部屋から差し込む光が彼らを包む。
まるで彼らと宇宙の行く末を照らしているように。
新たな女王試験の始まりは、祝福されているよう。

これはゆかり様のホームページ「乙女の部屋」の一周年を記念して差し上げました創作です。
今回もリクエストをいただいたのですが、えっと多分。
「ジュリアスとクラヴィスの幼い時のほのぼのしたお話」、だったと思います。
違ったっけ?? そのあといろいろ発展していった方が覚えてる(苦笑)

綾水はどうしても話がsoシリアスになってしまうので、なかなかこの「ほのぼのムード」が出せません。
どうやったら読んでくれる方がニコッとしてくれるのか、非常に不安です。
綾水は元々あほなキャラですが、文字や創作になると堅苦しいです。
番う語彙も難しいし・・・。自分でも分かってるんですけどね。なかなか、どうも。

このお話がとりあえず今のところの綾水のほのぼの創作のトップです。
これからもう少し笑える話が書けるといいなと思っていますが・・・どうだろう。不安だ・・・。

あ、それ以上に不安なのが幼いジュリアス様の口調(汗)。
大人びたく調なんだけど、どうもまだお子様っぽいってカンジで書きました。
クラヴィス様はきっと、普通の子と同じしゃべり方だと思うのでいいのですが。
きっとジュリアス様は背伸びしてたんじゃないかなーって、思って。

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