囁きの告白


コンコン コンコン


「こんにちはー、クラヴィス様ー」
一人の女王候補が闇の守護聖、クラヴィスの執務室のドアをノックしている。
彼女はアンジェリーク。金の髪を持つ女王候補。
今、この飛空都市で大陸の育成に励んでいる。
この育成が女王試験。真ん中の島に最初に達した者が女王。

アンジェリークが小脇に抱えるファイルには大陸のデータが書かれている。
ここ最近の大陸の様子では、とても闇の力が望まれているらしい。
先ほど大陸に降りて確かめてきたのでデータはばっちりだ。
後は、守護聖の力を送ってもらうのみ。
うきうきとした足取りで執務室の前に立つ。


アンジェリークはもう一度ノックする。


コンコン コンコンコン


「クラヴィス様?? いらっしゃらないんですかー??」
内側に向かって叫ぶが返事がない。
「えーい、開けちゃおっと!」
と、半ば冗談でノブに手をかけ回してみると、すんなり開いてしまった。
「わっ、どうしよう・・・」
と、独り言が続くが興味が先立ち。
アンジェリークは闇の守護聖の執務室に、そろりそろりと入っていった。

ドアを後ろ手に閉めると中は薄暗くなった。
ロウソクの静かな明かりのみが照らし出す、昼間でも幻想的な部屋。
その奥に、机に向かっているクラヴィスがいるのが見えた。

「クラヴィス様、いらっしゃるなら返事してくださいよ」
くすっ、と笑いながら声をかけるが返事がない。
「クラヴィス・・・様??」
不審に思い、机に近づきクラヴィスの様子を見る。


スー スー    スー スー


聞こえてくるのは規則正しい寝息。
そう。クラヴィスは机に向かったまま眠っていたのだ。
クラヴィスは瞼を閉じていた。
暗がりでよく見えなかったが、近づくと分かった。

「クラヴィス様、眠ってらっしゃるのか・・・」
それでは育成は頼めない。
いかにも残念そうなアンジェリークの声音。
仕方なく他の守護聖をあたろうと考えていたとき。


「・・・ ・・・」


クラヴィスの唇がかすかに震えた。
言葉までは聞き取れなかったが、何かを囁いていたような気がした。
アンジェリークは、はっとしてクラヴィスを見る。
クラヴィスが瞼を開けていた。だが瞳は虚ろ。
焦点が定まっていない。

「あのー。クラヴィス様、こんにちは」
挨拶をしてみたがクラヴィスの耳には届いていないらしく、ぼーっとしている。
緩慢な動きでクラヴィスの右手が持ち上がり、アンジェリークに向かって伸びる。
「えっ、ええーっっっ???」
アンジェリークは動揺して後退ったが、その腕をぎゅっと掴まれてしまう。
一歩後退したはずなのだが、その一歩も関係ない。
二人の距離を一気に詰められるほどクラヴィスの腕のリーチは長かった。
いや、それほどまでにアンジェリークもクラヴィスに近寄っていたのだが。
「クラヴィス様!!」
もう一度声をかけるがまだクラヴィスは答えない。


「・・・ ・・・」
「!!!!!!!」


突然。アンジェリークは、ばっとクラヴィスの腕を振り解くと、
そのまま一気に執務室を駆け出していった。

今度の囁きは聞こえた。はっきりと聞こえた。
はっきりと・・・。


残されたクラヴィスは、激しく振りほどかれた腕の感覚で目が覚める。
そして走り去る金の髪の少女の背中を見て、自分が何をしたのか思い出していた。

「・・・私としたことが・・・」
額に手を当て呟いた。

二度ほど頭を振り、再び睡魔が纏わりつくのを許さない。
椅子から立ち上がり、ドアに向かって歩き出す。
そして、思いを巡らせた。
『アンジェリークは、今、どこにいる』


アンジェリークはそのまま足を止めず、森の湖まで走って来た。
乱れる呼吸。苦しくて仕方がない。
肩で大きく息をしている自分が湖面に映る。
目を転じ、大空を見上げて大きく、大きく深呼吸をする。
何度も、何度も。
感じる胸の鼓動を静めるために。


この激しい鼓動は走ったからだけではない。
クラヴィスの囁きを聞いたから。
クラヴィスの言葉で、アンジェリークの胸はこんなにも苦しくなった。
こんなにも・・・。


がさり


後ろで草が踏まれた音がした。そして、呼ばれる。
「アンジェリーク」
落ち着いた、深遠から聞こえてくるかのような声。
振り向かずともそれがクラヴィスだと分かっている。
だから振り向けない。振り向けない。

「アンジェリーク」
もう一度呼ばれる。

アンジェリークは振り向いた。
自分に歩み寄る闇の守護聖を見上げて。


「アンジェリーク」
その名を呼び、クラヴィスがアンジェリークの目の前に立つ。

クラヴィスを見つめるアンジェリーク目には、明らかな動揺がある。
揺れる瞳は少女の純真さを映している。
今にも心臓が飛び出すのではないかと思うほど胸は苦しい。
無垢な唇は心なしか震えている。

「クラヴィス様・・・あの・・・」
「あれは本心だ」
たった一言、クラヴィスは答えた。


そう。アンジェリークが聞いた囁き。それは。

『愛している、アンジェリーク』


「驚かせてすまないと思っている。だが、いつかは言うべき言葉だ」
「いつかはって・・・いきなりじゃ、びっくりします!!」
拗ねたような口調のアンジェリークにクラヴィスは少しだけ悲しい顔をした。
「すまなかった、アンジェリーク。おまえに辛い思いをさせるために言ったのではない。
 いや、むしろ今言うべき言葉ではなかった。もっと・・・後で言うべき言葉だ」
クラヴィスはアンジェリークから視線を遠くに向けた。
「もっと、後に。おまえが私の抱く好意に気づいてくれた後で」
「クラヴィス様・・・」
アンジェリークは言葉が出なかった。
「許してくれ、金の髪の女王候補よ。私は、おまえを愛してしまったのだ」

胸が締め付けられる思い。
こんな気持ちは久しぶりだ。クラヴィスはそう感じていた。
人を愛することの痛み。喜びにもいた苦さ。
身を焦がすほどの切なさ。
クラヴィスは目の前の少女にそれを感じていた。
ずっと昔に置き忘れたはずの感情が、アンジェリークによって目覚めたのだ。
しかし・・・。
その想いも自分の不用意な一言で崩れるかもしれない。

そう考えるとクラヴィスは、アンジェリークの言葉が恐ろしくてたまらなかった。
何者をも恐れないはずの闇の守護聖たる自分が。恐れを感じている。


「・・・私も、クラヴィスが好きです」
「アンジェリーク?」
わが耳を疑う。闇の守護聖の声に、狼狽が混じった。
「実は、パスハにさんにも言われたんですけど。
 あのー、大陸が闇の力ばかりを欲しているのはその・・・。
 女王候補である私の心に何か変化があったんじゃないかって。それで・・・」
もじもじと手を動かしながらアンジェリークは話した。
「私、クラヴィス様に会うのがとっても楽しみなんです。
 毎日、毎日クラヴィス様にお会いしたいんです。でも、それではお邪魔かと思って」
「邪魔? おまえを邪魔だと思ったことは一度もない。・・・そうか」
クラヴィスはアンジェリークの肩に手を置いた。
「大陸はおまえの心の変化を敏感に感じ取った、ということだろう。
 そしてそれは、私への答えと受け取っても良いか?」
確かめるようにクラヴィスが、ゆっくりと尋ねる。
「はい、クラヴィス様。・・・あっ」
アンジェリークの答えを聞くや否や、クラヴィスはアンジェリークの腕を取り、
自分の側に引き寄せてぎゅっと抱きしめた。
「アンジェリーク。・・・離れないでくれ。私の傍にいてほしい」

そしてゆっくりとアンジェリークの手を取り、その甲に口付けた。

「我が永遠の愛をおまえに、アンジェリーク」


Fin

もう本当に、勢いで書いてしまいました。
同時にルヴァ×ロザリアを書いたのですが、それよりも出来上がりの時間が短かったです。
クラヴィスはやはり寝ている姿がすぐに思い浮かび、実は寝言で告白してたら・・・と思い立ちまして。
おかげでアンジェリークはどきどきしちゃいましたが、結果的に相思相愛でめでたし♪めでたし♪