−aftereffect−
「あぶないっ!アリオスッ!!」
ランディがそう叫んだ時、すでにアリオスの胸元は裂け、紅い液体が噴き出していた。
ボタボタボタと紅く染まる足元の土。
「…ぐっ…!」
傷口を押さえると、手が真っ赤に濡れた。
生暖かく、ぬるりとした感触。
「クソッ…油断した…」
痛みは殆どない。ただ、血が溢れ出す感覚だけが体を支配する。
「しっかりしろよっ!おいっ!アリオスッ!!」
アリオスが最後に見た光景は、オスカーに討たれた敵の最後と…
呆然と立ちすくむアンジェリークのか細い体だった。


いつだったか…
そう、あれは…こいつらと旅を始めたばかりの頃…
メルが、戦いを怖がっていた。
それで、俺は仕方なくかばってやったんだった。
攻撃も防御も、めちゃくちゃで…
つい、とっさに手が出ていた。
その振り返りざまに敵は一発で消したが。
メルは俺のキズを見て(大した事はなかったが)慌てていた。
涙を流してあやまるばかりで…ったく、仕方ないヤツだったな。
ククッ…
ああ、そうだ。あの時…アイツ…アンジェリークが言った言葉…

「ありがとうっアリオスっ!」

そう言って嬉しそうに微笑んだアイツ。
本当にわかんねぇヤツ…
何でお前が礼を言うんだよ。

「だって、メルさんを助けてくれたじゃない」

だから、その助けられたメルが礼をするならわかる。
なんでオマエが礼を言うのかって訊いてんだよ。

「えっと…あれ?そうね、なんでかな?えへへ…
でも、言いたくなっちゃったのよ。嬉しかったから」

そう言ってまた微笑う。
お前のおせっかいは病気だな。しかもかなりの重症だ。

「ひどいっアリオスったら!自分でも気にしてるのよ…」

ちょっとだけうつむくアンジェリーク。
オイ、そんな顔すんなよ。
悪いなんて言ってねぇだろ。

ったく、コロコロとすぐに表情の変わるヤツだな、お前は。
その大きな瞳が光で染まって、見ていて飽きないぜ。
嫌になる程似てやがる…

ありがとう、か。
その一言に俺がどれだけの思考をめぐらせたか、わかってねぇんだな。
『ありがとう』
たった5文字の言葉が不思議な響きを持って、俺の体の中心に佇む。
なんでそんなに素直に言えるんだ?
お前も、アイツも…
しかも、自分以外の誰かの為に。


「アリオスの様子はどうだ?」
オスカーが部屋から出てきたルヴァを捕まえて訊いた。
真剣な眼差しにルヴァは少し驚いた。
おや、オスカーはなんだかんだ言いながら、アリオスを認めていたんですね。
ルヴァは心なしか微笑んでいた。
「大丈夫ですよ。もともと鍛えられた体です。回復力は通常よりずっとありますし。
でも貧血が心配ですね〜…まあ、暫くは前線から外して…」
「そうか…まあ、大した事ないならいいんだ。アイツの戦闘力はなかなかアテに
してるんだ。早く回復してもらわんとな」
そう言ってオスカーはアリオスの寝ている部屋の扉を見やった。
「…アリオスにはアンジェリークが付き添ってます。オスカー、あなたも今日は疲れたでしょう。
早くお休みになった方がいいですよ」
ルヴァは少し微笑んで「では」と一言残して自分の部屋へ戻っていった。
「そのアンジェリークが泣きもしなかったからこうしてここにいるんだ。
泣けば慰める事も出来るんだがな…」
心配そうに眉をひそめるオスカーだった。


レヴィアス…ごめんなさい。

エリス…なぜ泣いているんだ?

なんでこんな事になっちゃったのかしら…

なんの事だ?

あなたとずっと一緒にいるっていう約束、守れないかもしれない…

エリスの声が反響して、耳鳴りがした。

エリス!!
待ってくれ!エリスッ!!


返してくれ。俺のエリスを。
誰か。


誰か…っ!





アリオスが泣いてる…

アンジェリークはアリオスのベットの横に座り、アリオスが目覚めるのをずっと待っていた。
もう明け方だというのに、不思議と眠気が来ない。
眠りなど忘れてしまっていた。

今、アンジェリークの目の前で、アリオスが寝ながら涙を流していた。
整った頬のラインを伝う雫。
声も出さず、眉さえ動かさず、溢れる涙。
泣くのはいい。でも、この泣き方は切なすぎる…

「どうしたの、アリオス?なんで泣いてるの?」
そっとアリオスの前髪を払う。
汗ばんだ額は少し冷たい。

「私じゃ力になれないかしら?アリオス…あなたを支えたいのに」
ぎゅっと、心が軋んだ。

何がそんなに悲しいの?
あなたをそこまで泣かせるものは何?
私、あなたの事何も知らないね。

「大丈夫、アリオス。泣かないで。私はここにいるから。
どこにもいかないよ…だから泣かないで…」
アリオスの手を握る。

泣かないで。

大丈夫だから。

絶対離さないから。

「…ス…」

「え?」
アリオスが何か呟いた。小さな声だったのでよく聞こえなかったが、アリオスは…
微笑っていた。
安らかな寝息が、アリオスの悪夢の終わりを告げていた。


アリオスが目覚めると、アンジェリークが横にいた。
開け放たれた窓が心地よい風を運んでくる。
外は朝日を満たしていた。
涼やかな影が二人を包む。
「おはよう、アリオス!」
元気な声で明るくそう言ったアンジェリークの手は、まだアリオスの手を握ったままだった。
「…離せよ、手」
「え?…きゃぁ!ご、ごめん!」
赤くなってぱっと手を離すアンジェリーク。
アリオスはアンジェリークの顔を見つめていた。
視線に気付いたアンジェリークはアリオスをみて微笑む。
「何で、手なんか握ってたんだ?お前」
もしかして俺に惚れてんのか?
からかう様にそう言ったアリオスに、アンジェリークは真っ赤になって否定する。
「だって…アリオス、悪い夢でも見てるんじゃないかと思って…
手、握ってると落ち着くじゃない?」
にこっと微笑うアンジェリーク。

「…お前、ずっとここにいたのか?」
呆れてアリオスがアンジェリークに訊く。
「う、うん。だって、アリオスが心配だったから…」
「俺を?俺はこれ位じゃどうにもなんねぇよ。信じられないか?」
「ううん!違うの、そういう意味じゃ…ただ、不安だったの…」
「不安…?」

アンジェリークはアリオスの手を見て言う。
「…アリオスが、いなくなっちゃったらどうしようって、一瞬考えたの。
そんな事ないってわかってたけど、不安で不安でしょうがなかった。怖かった」

だんだんと小さい声になっていくアンジェリーク。
でも、と、アリオスの顔をまっすぐに見つめた。

「でも、アリオスの方が何かを怖がっているように見えた」
「何?」
アリオスが眉間に皺を寄せる。
「俺に怖いものなどない」
一瞬、皇帝の表情が現れた。
冷徹な、嘘の仮面。
「だって、アリオス泣いてたわ。辛かったんでしょ?」
「………っ!」

「アリオス…ずっとそばにいてあげるから。どんな時だって、絶対」

ずっと…?

「だから、もうあんな泣き方はしないで。もうあんな涙は流さないで…っ私、私…っ」
アンジェリークの瞳が涙に溢れた。
視界が歪んで、アリオスの顔が滲む。


お前は、誰かのために笑い、泣くのか。
俺の周りにはいなかった人種だな。

俺は、お前に救いを求めている?
いいや、俺はそんな弱い人間じゃない。
我は、皇帝。
誰の手もいらない。
欲しいのは、エリス。お前と、お前のいたあの頃だけだ。

だが、この感情はなんだ?
アンジェリーク。
お前の涙はアイツと違う色をしている。
それが、俺の心を乱す。
その涙が俺の為に流されるのを見ると、お前から目が離せない。

「何かあっても、おいていかないでね、アリオス。ずっとそばにいるから」

エリス。
俺は、どうしたらいい?
答えてくれ、エリス。
俺のそばにずっといると言ったこの少女に、俺はなんと言えばいい?
俺の為に泣くこの小さなマリアに、俺は錆びた刃を突き刺せるのか?

目を閉じると、瞼の裏にはお前の涙。
目を開けると、目の前には俺を見つめる瞳。


「たく、オイ、何泣いてんだよ。俺はお前が思う程弱い人間じゃねぇよ。
泣いてたのは、ちょっと…昔を思い出してたからだ。
お前が気にする事じゃない。忘れろ」
アリオスは自分でも気付いていないが、とても優しく微笑んでいた。
「アリオス…」
「お前には涙は似合わねぇよ。そんな繊細な神経してねぇだろ?」
クッと笑うアリオス。その笑顔を見て、アンジェリークはようやく安心した。

「ふふ。うん!私、笑ってるわ。アリオスが笑顔でいてくれるなら!」


アリオスはその数日後、アンジェリークの元を去った。

似ている様で、違う答えをくれる。
お前は…


fin

浅巳ゆかり様のHPキリ番プレゼントとしていただきました創作です
アリオスとコレットのシリアスな話。とても良かったです・・・。
ゆかりん、なぜに君は私の心をこんなに揺さぶるんだろう。
このドキドキで一つ詩が出来るほどだよ(笑)
これからもゆかりんとゆかりんのHPの発展に期待しています!!

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